『ラッコの家』 古川真人(著) 文藝春秋
長崎の離島を主な舞台にした一族と土地の物語であるデビュー作の『縫わんばならん』は、新潮新人賞を受賞すると同時に芥川賞の候補にもなった作品ですが、その後も古川さんはくだんの一族物語の続編というか姉妹小説といえる内容の作品を発表し続けていて、本作も繋がりのある内容です。主要登場人物であるタツコとは、『縫わんばならん』にも登場した多津子と同一人物だと思います。
知人の葬式の為に、島に出向くことになったタツコの2人の姪やその娘たちが、独り暮らしのタツコの家を訪ねてきて、たわいもない会話を楽しみながら、食事をつくりみんなで食べて……という、全くとりとめのない展開なのですが、こうした展開と同時に、タツコは自身の回想や妄想の世界とも対峙していて、現実の現在進行形の世界と過去の記憶世界が、タツコの頭の中でパラレル状態で成立しています。
物語は、終盤に向かっていくにつれて、やや詩的な様相へと流れ込んでいて、過去も現在も妄想も、タツコというひとりの老女の頭の中では矛盾なく、同時進行形で、しかも同時空間を存在しています。この奇妙に捻れた感覚は、夢の感覚の再現したものとも言えて、人間の自然な意識状態を忠実に描くとこうなるのかという実感があります。
一族の人間関係など、かなり複雑だと思うのですが、デビュー作から連なる内容をだいぶ忘れてしまっていたので思い出す作業に意識がとられてしまい、そこがちょっと残念なところでもあります。
地の文の中に、九州地方の方言を混合させたり、人間の記憶や思考の混乱を描きながら、老いを生きる実感を描写するなど、デビュー作品から一貫したテーマの追求を感じます。一般の読者をあまり意識せずに、ひたすら独自の書きたいことを書き続けているという姿勢がどこまで貫けるか、というところでしょうか。