第129回芥川賞受賞作品 『ハリガネムシ』 吉村萬壱(著) (『文藝春秋』)
独身の高校教師である「私」が、半年前に出会った ソープ嬢のサチコと再会し、交際をはじめることで、眠っていた内なる狂気を発芽させていくという展開。
暴力や貧困、不幸な生い立ちや結婚、施設に預けている2人の子供など、様々な問題を抱えていながら奇妙な明るさや勝気さを持つサチコという女は、かなり歪んでいて不気味でもあります。
そんなサチコがふと見せる弱さや健気さは、「私」という男の内なる暴力的な欲望に火を付けることになるのですが、サチコという女がそうさせるのか、それが「私」本来の性癖に由来するものなのか、読んでいてどんどん混迷していく感じがありました。
この「私」という人格を突き動かし、やがて破滅へと導いていく欲望の根源、その得体の知れなさというのには、ハリガネムシに支配された蟷螂同様の気持ち悪さがつきまとっていて、作品全体はこのなんとも知れない気持ち悪さに侵されている、という印象でした。
高校教師という、世間一般には信用もあり真面目で堅い職業についていて、表面的にはそのような人間を演じようとしてもいる「私」の内面の薄っぺらさや愚かさが、実に見事に描かれていて、サチコの人物造形と合わせて秀逸だったと思います。
かなり壮絶な醜悪に満ちた名作として、記憶に残る作品であります。