助手席にて、グルグル・ダンスを踊って (河出文庫)

第32回文藝賞受賞作品

『助手席にて、

グルグル・ダンスを踊って』

伊藤たかみ(著)

(河出文庫)

 

『八月の路上に捨てる』芥川賞を受賞した伊藤たかみさんの、デビュー作で、大学在学中に書かれました。

小説の登場人物たちは高校生ばかりで、大人は影のようにしか描かれてなくて、直接登場してくるのは、主人公の父親の愛人の女性(シーナさん)くらいです。

主人公は既に過去の出来事として高校時代を振り返っています。まだ携帯電話もない環境なのをみると、80年代の時代背景なのかな、と思います(意図的にでしょうが、ヒットチャートの曲名なども書かれてないので、おおよそのところを想像するばかりですが)。

読みはじめは少し面喰ったというか、非常な違和感を感じずにいられませんでした。それは、拒絶感といってもいいほどの感覚なのですが、あまりにも描かれている高校生たちの世界が、自分の知っている世界からかけ離れていたせいだと思います。

作者の生まれた場所である神戸が舞台なのですが、金持ち社会と貧乏人社会という図式が鮮明に打ち出されていて、主人公は前者(金持ち)側に属する人物です。

高校生らしい幼さと同時に、どこか傲慢で自己愛に満ちていて、自分の才覚ではなく親の功績によって得られている豊かさに自覚的で、受動的にその恩恵を引き継ぐことにも躊躇いがありません。彼らは当たり前のように幸運な人生を受け入れていて、さらにそれを謳歌しているのです。

そんな彼らに敵対し、やがて抗争へと発展していく貧しい地区の人々がいて、主人公らと同じ学校に通っています。そして、主人公の恋人もまた、貧しい地区の住人です。

こうしたリッチ対プアの関係があまりにも鮮明に対立構造を持つ社会というのは、なんとなく私の知っている日本とはちょっと違うという感じがします。

確かに、貧富の差は存在するし、格差と無縁な社会ではないという自覚はあるのですが、それでもここに描かれている形には異質さがある。

読んでいてもなんとなく他所の国の出来事のようにしか入ってこず、だからなのか、ちょっと海外の小説(例えばサリンジャーの小説のような)を読んでいるような錯覚を覚えました。

この作品が、本当に胸にしみてきて、心をぎゅっと掴まれるような感覚に陥ったのは、終盤に至ってからのことでした。

信じられないことに、私はこの違和感だらけだった、そして傲慢な主人公たちに嫌悪感さえ抱き続けていた小説世界を、いつの間にか受け入れていて、しかも自分の青春時代の一コマででもあったかのように、その喪失に痛みを味わったのです。

これは、少し信じられない読書体験でもありました。

小説というものが、体験し得なかった体験(青春)をも喪失させてしまう力を持ち得るのだということを、改めて教えられた気がします。