第126回芥川賞受賞作品
『猛スピードで母は』
長嶋有(著)
(文春文庫)
小学生の慎は、母親と二人暮らし。両親は離婚していて、40キロ離れた所に(母方の)祖父母が住んでいて定期的に遊びに行くのですが、母親と祖父母の関係はあまり良くないようです。
時代は、おそらく作者である長嶋有さん本人が子供時代を過ごした昭和のころです。夢破れて戻ってきた母親の故郷の町が舞台です。
特別に不幸というのでもなく、されど決して満たされた環境にいるわけでもない、どちらかというとちょっとずつ不幸な要素を抱えながらも、その不幸をごく当たり前のこととして(人生の一部として)受け止め、淡々と生きている人々(親子)の姿が描かれています。
特別に不幸でも幸福でもない彼らは、特別に際立った才能があるわけでもない、要するに平凡な人間ですが、しかしながら慎から見たら母親は、何か特別なものを内に秘めた、実に魅力的な人物として小説の中で立ち現れています。
それは、慎にとって母親がかけがえのない距離感にある特別な存在であるからなのでしょう。
母親だけでなく、特別なものは慎の周りに色々あります。それは、慎にとって特別であるものたちで、日常の中にある細々とした「平凡なもの」たちです。
そうした平凡でごくありふれたものにスポットを当て、際立たせることによって、人生やこの世界そのものに特別な意味を与えている作品なのではないか、という気がします。
そしてこの特別感は、長嶋有作品全てに共通するものだという気がします。長嶋作品の中では比較的初期の頃の作品ですが、既に持ち味の十分に発揮された、味わい深い良い作品であると思います。