『象牛』
石井遊佳(著)
(『新潮』2018年10月号に掲載)
『百年泥』で第158回芥川賞を受賞された石井遊佳さんの、受賞後第一作目の小説です。
ある人物への想いを胸に、インドを旅する女(「私」)の物語です。
『百年泥』もそうですが、インド在住ということもあり、同地には深い思い入れがあるようです。
「象牛」というのは、作者の想像なのか、実在しない生き物で、見た目は象にも牛にも似ているらしく、しかしそのどちらでもなければ合いの子ですらないのだそうです。
そんな奇妙な生き物がそこら中にいるインドの地を、女は旅するのですが、印象的なのはやはり、「川」です。
聖なる川であるガンジス川水系の流れと、その周辺で生きる者たち(人間だけでなく、想像上や幻覚上のものも含めた様々な生き物たち)が(作中の言葉を借りるなら正しく「闇鍋」です)、いろいろごった返し、煮詰められ続けているかのような……そうしたグロテスクな様を描いた情景が心に残ります。
「私」と言う人物は、旅の途中途中で、幾度も過去の記憶に揺り戻され、現在進行形で抱えた問題や、母親との関係で苦しんだ生い立ちとも対峙していきます。
一人の人間としての彼女の「生」は、ある段階から必然的にインドの「闇鍋」に惹かれて、そしてかの地へと導かれたかのようです。
作品では、生きるということの本来的な醜さが冷静に描かれていたようにも思うのですが、そうした醜くてグロテスクな「生」に対する作者の眼差し自体は、決して冷たいものではありません。
淡々と(もしくは飄々と)している割には、温もりが感じられる気がしました。それが、この作品の魅力でしょうか。