『鳥を放つ』 四方田犬彦(著) (『新潮』2018年8月号に掲載)

 

作者に対する予備知識がなく、著作を読むのは、本作がはじめてです。

ネットなどで調べた情報によると、作者の四方田犬彦さんは東京大学出身で、映画や漫画の研究者として知られているそうで、比較文学の研究者でもあるよです。なお、著作は既に多数ありますが、小説というのは初の試みのようです。

1972年に東都大学に入学した青年(瀬能明生)が主人公で、この青年は入学早々に内ゲバの抗争に人違いで巻き込まれるという不運に見舞われます。

この不幸な出来事が瀬能に及ぼした影響は深く、小説のラスト付近まで引きずります。

東都大学というのは、おそらく作者自身の出身でもある東京大学を連想させるもので、学歴優秀な仲間たちに囲まれた輝かしい青春物語が展開されていく一方、瀬能の深層には常に自己存在そのものを揺るがしかねない影が付き纏い続けます。

読んでみて、作者が映画や漫画を研究されているということが頷ける気がしました。

一見した体裁は確かに日本語で書かれた小説ですが、構造や展開などが映画的であり、また漫画的(漫画のコマ割りの流れに似たもの)なのが意識されました。

作品の中盤から、妄想と現実が混乱していく過程には、やや強引さやキメの粗さを感じずにはいられませんでしたが、題名にも込められている「鳥」に暗示されたものの暗がりには、惹かれるものがありました。