地球にちりばめられて

『地球にちりばめられて』

多和田葉子(著)

(講談社)

 

 

 

物語は、クヌートというデンマークに住む言語学を研究している青年が、ある日テレビ画面の中に登場した一人の女性と巡り会うところからはじまります。

「Hiruko」という名の女性は、”自分が生まれ育った国がすでに存在しない人たちばかりを集めて話を聞く”という主旨の番組に出演していて、彼女もやはり、母国を失くし、流浪を続ける移民となった一人です。

彼女の国は、地理的な位置情報や島国であったことなど、ことごとく「日本」だと思える特徴を有していますが、はっきりとその名が記されることはありません。

ただ、そこは「鮨の国」であり、海の恵みである海藻や魚から「出汁」をとって味噌汁を作る国であり、そして物語の中では、既に消えてしまった国(ヨーロッパに「Hiruko」が留学している間に、なんと消えてしまったという)です。

青年クヌートの気を引いたのは、「Hiruko」の話す言葉でした。

彼女は、短期間で複数の言語圏を移動する境遇に対応するために、独自の言語を編みだしていて、それはスカンジナビアの人ならだいたい意味が通じるという、不思議な言葉なのでした。

恐らくは、限りなく現代に近い未来のパラレルワールドを描いたような、SF的な様相になっています。

全て日本語で書かれていながらにして、この小説には複数の文化や言語圏で生きる人物たちが登場し、会話というコミュニケーションを通じて、お互いの存在やその背景にあるものを理解しようとします。

ここでは、言葉が大きな力を持っていて、祖国や歴史やアイデンティティにまで深く関わり、人物と人物、言語と言語とが繋がったり隔てられたリ融合したり、変化したりし続けます。

言葉の「味覚」とでもいうべき感覚を、存分に楽しめる一作だったかと思います。小説でありながら、詩でもあるような陰影とときめきを感じる作品でもありました。