『私はすでに死んでいる
――ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳』
アニル・アナンサスワーミー(著)
藤井留美(訳)
春日武彦(解説)
(紀伊国屋書店)
「私」とはいったい何だろう?
という問いかけからはじまって、自己とはどういう性質を持つものなのか、ということを神経学の立場から重点的に迫ります。
実際の患者の症例を(エピソードなども交えて)多く挙げて、そこから導き出されてくる科学的な知見を、順序立てて詳細に説明してくれているので、非常に明快で分かりやすかったです。
また、哲学や文学の視点からのアプローチも織り交ぜられていて、例えば癲癇の事例では、ドフトエフスキーの症状とその書籍に残された病気との因果関係に触れるような場面もあり、興味深く読みました。
また、失くなった四肢に痛みの感覚を覚えるという「幻肢」とは逆の、自分の手足なのに自分の手足だという実感が持てなくて手足を切断したいという願望(「四肢切断願望」)という症状を持つにいたる人たちがいるということを、本書ではじめて知って、驚きました。
他にも驚くべき症例を幾つも挙げながら、「私」(「自己」)の形成が脳のどの部分の働きと関係が深いのかなど、考察されていきます。
あまりにもなじみ過ぎていて、最も身近な存在だと思っていた「私」が、科学的に追及されていけばいくほどに、よく分からないものへと変貌していくようで、少し恐い気もしました。
エピローグでは仏教の悟りの境地である「無私」にまで触れられていて、奥行きのある一冊に出逢えたと感じました。