すばる2018年4月号

『あなたの声わたしの声』

小山内恵美子(著)

(『すばる』2018年4月号に掲載)

 

 

自分史専門の自費出版部で働く「わたし」は、初音さんという八十歳の女性から依頼を受ける。

ところが、自分史作成のための聞き取りを初音さんの自宅で行っていた最中、「わたし」の耳は突然聞こえなくなった。

日常生活のほとんどの音は聞こえるのに、ただ人の声だけが、全く聞こえないのだ。

それと同時に、「わたし」は話すことも出来なくなってしまって……

作者である小山内恵美子さんは、「おっぱい貝」で2012年に九州芸術祭文学賞最優秀作を受賞して、デビューされたかたです。

とても繊細な文章を書く方で、作品の隅々にまで柔らかい気配りを感じさせてくれる、作家さんだと思います。

本作もそうした作品ですが、突然人間の声だけが聞こえなくなる、という奇怪な展開に持ち込むことで、小説の世界を広げていて、面白い内容になっていたと思います。

八十代の女性の自分史をつくるという設定なので、避けがたいこととして、そこには「戦争」があります。

「戦争」が、思い出したくない辛い過去として描かれ、長い時間、一人の女性の中にしまいこまれています。

小説がそこにどのような光の当て方をするのかというのが、この作品の大きな勝負所だっただろうと思います。

小説――というよりも、初音さんの行き着いた場所は、一つの選択にすぎません。

この世界には、存在する人間の数だけ痛みがあります。

それぞれがそれとどう向き合うのかということの、一つの形を、この小説は見せてくれたのだと思います。