『静かに、ねぇ、静かに』
本谷有希子(著)
(『群像』2018年3月号に掲載)
『本当の旅』『奥さん、犬は大丈夫だよね?』『でぶのハッピーバスデー』という三つの短篇からなる作品です。
三つとも独立した短篇ですが、SNSを一つのテーマにしているところに共通点があるようです。
◆『本当の旅』◆
数年ぶりに再会した専門学校時代からの友人(づっちんとヤマコ)と僕の三人は、クアラルンプールへ旅行に出かける。本当に大切なことを求めている三人による、「本当の旅」の行方とは……。 《感想》 他人からみたらちょっとウザったいような、キラキラした感動物語が描かれる展開かと思いきや……。一転、戦慄の結末へと、導かれていく登場人物たち。 紙一重のところで保たれていた、ひたむきな純真さが徐々に揺さぶられてきて、愚かさという異物に変化していく。その過程こそが、一番恐かった。 これは、「一番大切なこと」がなんなのか、ということをとり間違えてしまった人たちの寓話なのではないかな、と思いました。
◆『奥さん、犬は大丈夫だよね?』◆ ネットショッピング依存症の女は、夫の会社の同僚夫婦と、キャンピングカーで旅行に行くことに。はじめからあまり気の進まない旅だったが……。 《感想》 冷めた夫婦関係の裏側にあるものがなんなのか、ということを考えていくと、その突き当りにとっても怖いものが見えてくるようでした。 リアルな世界をどことなく寓話的な視点から俯瞰しているような気配がしました。最後はホラー、という印象です。 芥川賞を受賞した『異類婚姻譚』にも通じるものがある気がしました。
◆『でぶのハッピーバスデー』◆ 勤めていた会社が倒産し、夫婦そろって無職になってしまった二人。 自分たちの不遇は、妻の”でぶ”に付いている「印」のせいだと夫は言うが……。 《感想》 三つの作品の中で、個人的にはこれが一番面白かったです。 夫が妻のことを平然と”でぶ”と言っているし、作中でも終始”でぶ”と呼ばれ続ける妻のことが、読んでいくうち好きになりました。健気で、たまらなく愛おしいような存在に思えてきたのです。 リアルなのに寓話的。この感覚が読み心地として素晴らしく良かった。 恐くもあるけれど、切なくもあり、絶望的なのに希望がある。そんな物語だったように感じました。 人間であると同時に、社会に消費されて使い捨てられていく哀しい労働者でもある夫婦の、愛の物語だったのかな、とも。
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