『主なき楽土』
瀬川深(著)
(『すばる』2018年2月号に掲載)
臨時採用で市役所に勤める塩入は、ある日課長に呼び出され、内密に仕事を頼まれる。
それは、「地域社会における共生事業」と銘打った中央省庁肝いりの事業で、市に人材を受け入れて「共生」する、という内容のものであるらしい。 まだ候補地の一つとしてあげられているだけの段階で、詳しい内容も(受け入れるのが、いったいどのような「人材」であるのかなども)不明だが、その為の準備をしてほしい、というもの。 その日から、「人材」受け入れ準備における、塩入の忙しい日々がはじまった。 |
『チューバはうたう』で、第23回太宰治賞を受賞した、瀬川深さんの中編小説。
挫折感に満ちた臨時の市職員である主人公、彼の勤める市役所と、その先にある姿の見えない中央省庁という存在、謎のプロジェクトと、それを嗅ぎつけた住民たちの行動など、細部はリアルですが、全体の展開や構成を眺めると、実にシュールで普遍的な構図が現れてきて、カフカの『城』なども、少し思い出しました。
淡々とした文体の中に、なにかしら企みがひそめいている感覚があり、冒頭から引き込まれて読みました。
文体といい、人物造形といい、繰り出してくる小道具の一つ一つまで、素晴らしくセンスのある書き手だと感じます。
舞台は、日本のどこにでもあるような田舎町ですが、この狭い世界で起こっていることは、実は地球上どこにいても起こっていることでもあるのだという不気味さがあったと思います。