『塔のある村』
水原涼(著)
(『文學界』2017年9月号掲載)
鳥取に、「杜若(とじゃく)」という村がある。
杜若には、奇妙な塔が建っている。 村人に尋ねても、名前も分からず、何のために建てられたのか目的も知れない、不思議な塔。 村のどこにいても見上げることのできる場所にあるその塔は、村人たちの心の中心にあり………。 |
『甘露』で第112回文學界新人賞を受賞してデビューした、水原涼さんの長編小説。
(おそらくは)架空と思われる杜若という村を中心舞台として、そこに建てられた塔に纏わる(あるいは、繋がる)物語が、様々な人物の視点で、重層的に語られていきます。
ある特定の土地とそこに暮らす人々を限定的に描いたような作品ですが、大戦(世界大戦)や震災という未曽有の出来事に深く触れており、多くの日本人の心象風景とも、重なるものがあると思います。
その中心にあるという、名前すらない「塔」が、何を象徴するものなのか(あるいは何も象徴しないものなのか)、作品を読み通しても掴みきれないものが残りました。
時空の感覚すら超越して存在し続けるかのような、「塔」。
意味深ではあっても、いったいそれがどういう正体で、いかなる意味や目的を持つものなのかが、今一つ分からないという感じ。
この感覚は、神話や伝承が持つ不条理や不可解さによく似ています。(実際、この作品は、伝説・伝承の一つだと言えると思います)
繰り返し人々の心を去来しながら、脈々と受け継がれてきた古来からの感覚の中に、地震(天災)や大戦(人災)への畏怖があり、喪失と再生を繰り返して巡ってきた歴史の経過点に、今この瞬間もあるんだと、そう言われているような気がしました。