第30回三島由紀夫賞候補作品
『リリース』
古谷田奈月(著)
/光文社
主人公のビイは、性差別から解放された国、オーセルで生まれた。ユリとエリカという、同性婚の夫婦の子どもとして。
オーセルでは、同性婚が認められ、「女は女らしく、男は男らしく」という旧来型の性の役割を強制されることはないし、性転換に対する偏見もない。 ミタ・ジョズというカリスマ的指導者の元、オーセルでは国営の精子バンクが運営され、精子提供と代理出産というシステムが確立されて、国民は子供をつくるための性行為という概念からも、解放された。 そんな環境下で育ったビイは、18歳になったら、手術を受けることを決めていた。男として生まれた体を、女にする施術である。 そんな時、ビイは、あるテロを目の前で目撃することになる。 精子バンクに立てこもったテロリスト、タキナミ・ボナは、精子提供の強要があった事実を告白し、群衆に向かって叫ぶ・ ”ミタ・ジョズはぼくをレイプした” |
本作は、ジェンダーの問題と真正面から向き合ったSF小説と言えるでしょう。
作品に登場するオーセル国という架空の社会では、性に関するマジョリティ(多数派)とマイノリティ(少数派)が逆転していますが、それで幸福だと思っているのは、マジョリティ側に回った、かつてのマイノリティであり、社会全体としては、結局何も問題は解決されていません。
むしろ、なにか病的に崩れかけているという感がします。
思想的な理想ばかりが肥大化した社会の中で、肉欲と切り離せない愛し方をする人々(本来の男女の姿である)は、犯罪者のような扱いを受けますし、「女は女らしく(弱く)、男は男らしく(強く)」の逆が好まれるようになったところで、結局は「女は女らしく(強く)、男は男らしく(弱く)」という風潮に変わっただけで、個性をいつの間にか強制されていることに、なんら変わりばえはないようです。
そうした社会の中で、マイノリティとして生きることになった登場人物たちの視点と、彼らの気持ちを汲み取りながらも、比較的中立的な場所にいるビイの視点から、物語は描かれます。
主人公のビイは記者として、彼女がいる世界で起こっている現実を、言葉に変えて社会に問いかけるため、奮闘します。
ミタ・ジョズ政権下のオーセルで、ジェンダーの問題をなくそうとしているのに、そこがむしろ克明に浮き彫りになっていくという皮肉。そこに一番のリアリティを感じました。