第15回三島由紀夫賞受賞作品
『にぎやかな湾に背負われた船』
小野正嗣(著)
(朝日新聞社)
主人公(「わたし」)の父親が、「浦」(海辺の集落)の駐在だった時の話。
警察官である父の元には、話好きの酒飲みばかりが集まり、その中には、浜に打ち上げられた屍体について語る「ミツグアザムイ」もいたし、「浦」の昔語りをする「珪肺四人組」なる老人たちもいた。 彼らの昔語りには、「緑丸」という、昔船出したまま消えた船の話もあったが、その船が、ある日「浦」の浜辺に戻って来た。 |
2015年に『九年前の祈り』で、第152回芥川賞を受賞した、小野正嗣さんの作品です。
舞台になっている「浦」というのは、作者の故郷(大分県の蒲江町ー現在は佐伯市)をモデルに書かれた場所のようです。
地方に住む人々の(過去に遡って現在に至るまでの)生活や事件、人間関係といったものを時間軸を行きつ戻りつしながらゆったりと描いていて、どこか中上健次にも近い気がしました。
主人公である「わたし」は、中学生にして社会科の教師と恋愛関係(肉体の関係)にあり、これは一般的なモラルからは堕落していますが、そこに善悪の基準を持ち込むことなくニュートラルな場所から、この作品ははじまっています。そこにあるのは、「浦」という場所独自のモラルや価値基準であるわけです。
そこは一見のどかで、大らかなおとぎ話めいている場所のようでもあり、一方では、人間本来の明るさや強さ健気さ、というものと相対するように、暗さや脆さや傲慢さといった両極のものが、ぐるぐると蠢いていて、時々ぞっとするほどの現実感が漂っています。
老人たちの昔語りが盛りあがってきて、ある真相に近づきつつあると、するりと遠ざかってまた別の物語がそこに覆いかぶさるように打ち寄せてくる……という感じは、波の満ち引きにも似ている気がしました。
なんだか、遠くの波音をぼんやり聞いてるみたいな、そういう読書でした。