『泣かない女はいない』
長嶋有(著)
河出文庫
大宮市郊外の「大下物流」に、9月から中途採用で勤めはじめた睦美。
K電機(電機メーカー)の下請けの物流会社である「大下物流」は、K電機から「出向」している社員が多い。 社長の横田の人柄を含めて、どこか牧歌的なゆるい雰囲気の職場である。(ちなみに、配送の伝票をチェックしたり振り分けたりするのが、睦美の仕事である) 女子社員はみな若く、パート職員は40代前後の子育て世代で、睦美はそのどちらにも所属しない中途半端な年代である。そのせいか、休憩時間などはいつの間にか単独行動をとるようになる。 仕分けた伝票を倉庫に運ぶ「伝票届係り」にされてしまった睦美は、倉庫に伝票を届けると、昼休みは会社の門を出て、周辺を散策するようになる。 そこには、工場地帯の長閑な風景が広がっていて、そこをただぼんやりと歩き回ることが、睦美にとっての気晴らしになる。 そんな風に職場での日常を過ごしていた睦美だったが、倉庫班長の樋川のことが、次第に気になりだす。 と同時に、会社内での不穏な空気も感じていた。 女たちが伝票を整理している傍らで、男たちは深刻な会議ばかりに時間を費やしていたのだ。それは、大下物流が親会社K電機に、吸収合併されるという事態に向けての、話し合いだった……。 |
本作は、2004年に雑誌『文藝』(秋号)に掲載されたもので、物語は、1999年の秋ごろから2000年の春にかけての時間設定となっています。
主人公の睦美には、同棲中の恋人(四朗)がいますが、作品の中での存在感は薄く、それがすなわち睦美の彼に対する心の状態そのものなのだと思います。
物語りの大半が、大下物流という、どこにでもありそうな下請け物流会社での日常描写(出来事、人、仕事、風景)ばかりで、そこに、樋川という、ちょっと影のある(おそらくはいい感じの男)がちらちらと登場し、睦美の女心をほのかにくすぐります。
これは、とても切ないラストを迎える恋愛ストーリーなのですが、ありふれた恋愛小説とは一線を画しています。
作者の主眼は、恋愛ストーリーそのものよりも、そこで翻弄されている「女」(もしくは「女たち」)にあるのだと思います。
(睦美をはじめその周辺の)会社組織の中で生きている様々な年代、性格の女たちの、リアルなありのままの姿を描き切っていることが、この作品の一番の魅力です。
題名にもある、「泣かない女はいない」というのは、ボブ・マーリー(ジャマイカのレゲエ・ミュージシャン)の「NO WOMAN NO CRY」を、作中人物の樋川が独流に訳した日本語です。実際には、直訳で「女 泣くな」なのですが、どちらで捉えるとしても、泣きたくなるような現実を生きる「女たち」への、鼓舞や共感がこもっている言葉だと思います。
本作には、ドラマチックな脚色は一切なく、だから一見、平坦な作品のようでもあります。
けれど、ほのぼのとした牧歌的な日常の中にもほろ苦い現実があり、それを見つめる作者の冷静な視点がきちんと存在しています。それが、ラストにむけてのドラマを完成させています。
物語の進展とともに静かに(睦美の心の中で)巻き起こる「恋」も、ほろ苦い現実の余波から逃れることはありません。
皮肉な結末よりも、そこから滲んでくる現実の切なさが、ぐっと胸に染みてきて、こういう微妙な孤独感を、完全に「女の視点」になって描ける長嶋有って、ほんと凄いなあ~、としみじみ思いました。