しろいろの街の、その骨の体温の (朝日文庫)

第26回三島由紀夫賞受賞作品

『しろいろの街の、その骨の体温の』

 村田沙耶香(著)

(朝日新聞出版)

 

 

(※以下、ネタバレがありますので、ご注意してお読みください)

小学4年生の少女(結佳)には、若葉ちゃん信子ちゃん という仲良しの友達がいて、「」がシンボルカラーのニュータウンに暮らしている。

街は、あちこちでいまだ工事が進んでいて、まだまだ成長し続けている。新しく住宅が出来る度に新しい住人がやって来るので、学校には新学期がはじまる度に転校生が雪崩れ込んでくる。

結佳は、まるで不気味な生き物のように日増しに白く膨らんでいく街が、嫌いだった。(「嫌い」だと思える自分が好きだった)。

見た目が可愛くて大人びていて人気者の若葉ちゃんと、そんな若葉ちゃんをクラスの他の女子と見苦しく取り合いを繰り広げる信子ちゃんなど、結佳を取り囲む世界は、なんとなく鬱陶しい事が多く、そんな学校のことも「嫌い」と思える自分が、特別な存在のような気もしていた。

一方、結佳は、学校の他にも習字教室に通っていて、そこには同じ学年の伊吹陽太も通っていた。

学校では大人しく目立たない結佳に対し、人気者の伊吹。一度も同じクラスにはなったことがなかったが、ちょっとしたきっかけから親しくなる。

内面も外見も自分より幼く純粋な伊吹を見ていると、なぜか無性に虐めたい衝動に駆られる結佳。

彼女は、伊吹がずっと自分だけの「おもちゃ」であり続けてくれることを願い続ける。

幼くて歪な、恋ともいえないような関係だった。

《二重の牢獄》

主人公(結佳)は、目に見えない残酷なルールで支配された社会(学校)――人気者とそうではない者とが暗黙の線引きで分かたれ階層化し、見た目やセンスのいい上層階の人間が圧倒的に強い――の中で、下層階級の女子として、それを受け入れ生活しています。

その内面は、深く傷ついていたりするのですが、それを表だって表現することをせず、ひたすら「観察者」としてあり続けようとします。

きらきらした青春物語の主人公としてではなく、語り手のような客観的な立場でクラスメートたちを批判的に眺めやることで、自分は特別な存在だと感じ、そこから派生する「優越感」だけを糧に、辛い学校生活を乗り切ろうとします。

小学校の時仲良しだった信子ちゃんが、クラスの最下層女子として最悪の状態にいるのをわき目に、自分とは程よい距離感を保ちながら人気者女子(上層階級女子)グループに入って、その位置にしがみ付こうと必死な若葉ちゃんの姿も、「観察者」として冷静に受け止めようとします。

そこに、伊吹の存在が切ないほど眩しく君臨し、結佳の心を揺さぶり続けます。

伊吹は、校内に生徒間格差があることにすら気が付いていない「幸せさん」ですが、常に人気者です。

中学二年になった時、学校内での二人の間には、「上層階級男子と下層階級女子」という、小学校の時とは比べ物にならないほどのくっきりとした格差が誕生しています。

習字教室では強気な結佳なのですが、学校では地味で大人しい自分と、人気者の伊吹が仲がいい事を周りに知られないようにつとめ、伊吹にも「話しかけるな」などと釘をさしていたりして、その一方で、伊吹への感情は強く膨らんでいくのです。

伊吹に対する純粋な気持ちが高まれば高まるほど、学校内の格差が意識されます。学校はもう、牢獄のような息苦しさしかありません。

そんな学校という社会の外側に、さらに大きな牢獄があることも結佳は意識していて、それが彼女の住む不気味な白い街に象徴されている「世界」です。

”私たちは、二重の清潔な牢獄に閉じ込められていた”(『しろいろの街の、その骨の体温の』より)

《白色の狂気》

物語りの後半で、結佳が母親に、そっと呟く一言があります。

”あのさお母さん、白って発狂の色だよね”(『しろいろの街の、その骨の体温の』より)

母親は料理をしていて、この言葉は聞こえていなかったようですが、とても重要なワードだと思います。

この作品に象徴されている、「白」とは一体何なのか?

「白」とは、どんな色彩も持たないもの、つまり「無」です。

ずっと「観察者」として、物事の渦中にいることを避け、何も表明せず、ひたすら(生き抜くために)目立たないことにばかり神経をとがらせていた結佳の有り方そのものは、存在しているのに、存在していないのと同様で、本当に彼女を苦しめ続けていたのは、学校内での階級や格差などではなく、むしろ自分自身の世界との向き合い方そのものだったのです。

 

《世界を逆転できる力》

ラストで結佳がそのことに気付き、世界を逆転させられたことで、この作品は大きく強く呼吸しはじめたように感じられました。

虐めや自殺の問題は深刻で、学校内での「カースト制」のような実態があることを描いた作品は、他にも存在するのだと思います。

本作は、学校生活の息苦しさやその闇の深さを残酷なまでに描き切っていて、それを心理的な恐怖にまで高めています。なおかつ、そこで苦しむ一人の少女の内面のエゴまでも見逃さず、絶対的な絶望感に一度は包まれます。

けれど、外面的な美醜だけに捕らわれていた世界からの脱却に成功していて、あいかわらず世界は残酷なままですが、主人公は負けていません。

美しくて純粋で切ない……とてもいい恋の物語りなのに、どこかでは背筋の凍るような感覚もあり、こういうのは、村田沙耶香さんしか書けないだろうな、とつくづく思いました。