又吉直樹 著
(新潮社)
『火花』で、第153回芥川賞を受賞した、又吉直樹さんの長編小説第二作目です。
話題になっているからというよりも、単純に『火花』が面白かったので、本作も読んでみました。
(以下、多少ネタバレもありますので、未読の方はご注意ください。)
主人公は、売れない劇作家の永田という男(『僕』)。
中学校時代からの友人(野原)と、無名の劇団を立ち上げていて、脚本家兼演出家のようなことをしているが、収入はほぼ無く、別にアルバイトをしながらなんとか食いつないでいるような状態。 ある日、永田は、午後の街中を歩いていて、画廊の前でひとりの女性(沙希)に出会う。 「この人なら、自分のことを理解してくれるのではないか」 永田は、一目見た時から、沙希に対してそのような感情を抱く。 不器用な永田は、奇妙なアプローチの仕方で沙希と知り合いになり、どういうわけか受け入れられて、やがて沙希の部屋に転がり込む形で同棲をはじめる。 物語りは、そこから数年間にわたる、永田と沙希の関係をたどる。 |
演劇という特殊な世界に魅せられた男と、その恋人の純愛を描いたものですが、主人公の永田の印象が面白いのに暗く、作者である又吉直樹のキャラクターとも重なって見えます。
書き出しの1、2頁ほどは、文学的な描写が少し気になったのですが(やや抽象的かな、と)、沙希が登場したあたりから、俄然、面白くなりました。
演劇という一般的には非日常的な世界を日常的に生きている(というよりも、そう生きることを選んだ)永田という男の孤独さ、滑稽さ、純粋さ、人間臭さが、中盤から痛いほど鮮明に伝わってきて、切ない。
永田に寄り添うように生きている沙希という女性が、健気でもあり、また奇妙でもあり、そしてどこかやはり、切ない。
鬱屈とした内面を持つ永田という男の人物造形も良く出来ているのですが、この永田の視点からだけで描かれた沙希という女性像は生き生きとして明るく、魅力的です。
そして、この沙希の明るさが、ラストにかけて胸に迫るものへと変わります。
「絶対泣く」という触れ込みの本が多い中で、小説を読んで「泣く」という経験をすることが、最近はあまりなくなりました。
本作は久しぶりに、そういう得難い経験をさせてもらった一作となりました。(ここ一年ほどで、100作以上の読書感想を投稿させてもらった中でも、貴重な体験でした)
ぜひ、次回作を期待しています。