「アカガミ」
窪美澄著
(河出書房新社)
近未来――西暦2030年代の話。
少子高齢化が進み、若者の自殺率が高まった日本。 ”二〇〇〇年以降に生まれた若者の寿命は四十歳までもたないかもしれない”とする二〇二〇年に発表された生物学者Wによる論文が、明らかな根拠はないのに、若年層に信じられているという現状。 老人福祉施設で働くミツキ(25歳)もまた、生きることに意味を見いだせない若者の一人だ。 彼女はある日、自殺を図るが、それを偶然助けられたログという女性に、「アカガミ」の話を持ち掛けられる。 「アカガミ」とは、国が実施している公的なお見合い制度のようなものらしく、応募して資格が得られると、それぞれに相性の合った男女同士が組み合わされ、提供された施設内で共同生活を送るというもの。 つまり、見知らぬ男女が妻合わされ、番となってを「まぐわい」をし、子供をつくるというシステム。 ログからこの話を聞いた当初、冗談だと思ったが、ミツキのもとに、「アカガミ」からのハガキが届き……。 |
窪美澄さんは、2009年『ミクマリ』で第8回R-18文学大賞を受賞して作家デビューされた方です。
その他、『ふがいない僕は空を見た』で第24回山本周五郎賞も受賞されています。
さて、本作品『アカガミ』の読書感想に戻ります。
まず、「アカガミ」というのは、作品の終盤でも少しだけ触れられていますが、我が国で大戦下、国から個人宅に送られてきた召集令状の「赤紙」から来ているようです。
最近はどうか分からないのですが、私が子供の頃にテレビで見た戦争を描いたドラマでは、よくこの「赤紙」が登場して、これが届くとその家の家族たちが悲痛な表情をしたり、中には泣き叫んだりする母親や新妻などがいたりして、すると周囲の人間から、「この非国民が!」となじられ、お国の為に自分やその家族が兵役に赴くことを厭う人間がいたら、ものすごく白い目で見られていて、心では泣きながら、「おめでたい! やったな!」的な言葉を発しなければならず、この令状が届いた本人も家族も、とてもかわいそうなのでした。
”お国の為に、命を捧げることは名誉”という風潮に支えられたこの「赤紙」制度の実態に、こんな恐ろしい制度がこの国にかつてあったんだという歴史に、子供心にもぞっとしたものでした。
この記憶があるせいか、「アカガミ」という題名を見たとき、なんとなくこの名称を使うことで、作品にインパクトを与え、興を引き込もうとかしているだけなのでは? と思えて、ずいぶん反感を抱きました。
だから、実際読むのも、だいぶ抵抗がありました。
読み終わった後も、まだ少しだけ反発はあります。
ただ、国ぐるみの恐ろしい計画が進行していて、それが個人の存在を無視してあり続けるという恐怖は、たしかに戦時下で国家権力が国民の命を鉄砲や大砲の弾代わりにしてまかり通っていた時代の恐怖に通じるものがあり、それは本作品の舞台である2030年への通過点でもある今現在の社会においても、まったく無関係とは言い難い問題なのだという観点から、この題名の抱えた意味を理解することは出来たと思います。
さて、話をまた戻しますが、物語は「ログ」の視点、「ミツキ」の視点、ミツキの相手役である「サツキ」の視点、という三つの視点から、それぞれ一人称形式で書かれています。一人称で書かれている割には、人間的な質感がやや弱くて、展開力や説明力の上手さに比べると、登場人物の個性が伝わりにくかった印象があります。
少し我がままを言うと、遺跡の研究に携わる仕事をしている「サツキ」の情報が、もっと欲しいところでした。
けれど、終盤の展開からぐっと物語に血が通ってきた感がありました。
それまで影の薄かった「サツキ」の言動に、力強さが満ちてきて、不穏な終わりではありますが、きっと若い二人と新しい命は、ここから立ち向かっていくんだろうな、大きなものに、と想像ができます。
私はまだ、窪美澄さんの他の作品を読んでないのですが、本作品を読む限りでは、本当に辛抱強く抑制を利かせていて、まっすぐで真面目な印象でした。
ここに辿り着くまでの過程でも、作者はもっと色々と冒険してくれていても良かったのではないかな、ともまたまた我がままにも思ってしまったのでした。