何様

「何 様」

朝井リョウ著

(新潮社)

 

 

この作品は、第148回直木賞を受賞して、映画化もされた『何者』のアナザーストーリーとして書かれたものです。

既に『何者』を読んでいる人には、”ああ、あの登場人物にはこういう過去があって、それでああいうストーリーや関係性に発展したのか”と納得したり再発見出来たりと、なにかと楽しい一冊となっているのですが、『何者』を読んでなかったり、これからも読む予定がない人がいきなり読んでも、ちゃんと楽しめる完結型短編集となっています。

「水曜日の南階段はきれい」

『何者』では主人公だった拓人の友人でルームメイトの光太郎が、ここでは主役。光太郎の高校時代が描かれていて、あの明るいキャラクターの裏にこんな甘酸っぱい思い出があったのか、と少し心を癒される感じ。高校時代の話なので、『桐島、部活やめるってよ』をどこか彷彿とさせる内容ではありますし、少しばかり少女漫画チックでもあったりして、でもこれを最初の一話に持ってきたところも、一つの企てなのかな、とも思わなくもありません。

「それでは二人組を作ってください」

では、拓人と光太郎の部屋の上階にいた理香と隆良の話で、どうしてこの二人が同棲生活をはじめたのかという、『何者』ではちょっと気になりながらもほとんど触れられなかった部分が描かれています。この短編のラストが、とてもシニカルで妙に腑に落ち笑いました。

「逆算」

個人的には、これが一番おもしろかったです。『何者』では本当に脇役でしかなかったサワ先輩のその後。

「きみだけの絶対」

拓人のかつての演劇仲間の烏丸ギンジにまつわる話です。『何者』では直接姿を現すことがなかったと記憶しますが(映画ではどうなのかこちらは観てないので何とも言えませんが)、ここでも登場はほんの一瞬だけ。物語は、ギンジの甥っ子が中心なのでした。

「むしゃくしゃしてやった、と言ってみたかった」

光太郎の元カノで、拓人の憧れ人だった瑞月の父親がでてきます。

「何様」

『何者』で、拓人を面接した面接官たちが出てきて、しかも拓人の隣で面接を受けていた人物が採用になっていてその彼も面接を担当する部署に配属されているという……。

 

……と、ここまで書いた各物語の概要は、もちろんただの掴みでしかありません。

本当に器用な書き手だな、と感心したのは、ヒット作である『何者』との交差を上手く扱いながら、ただのアナザーストーリーとしてだけの物語に終始していないことです

それぞれの短編は、一つ一つがきちんとした作品世界を保っていて、あなどれません。

どちらかというと、『何者』との交差や繋がりは、あくまでもサービス的に付いてくるおまけのような味わいである気がします。これを読むために、『何者』をわざわざ読む必要もなく、その逆もしかりです。

この一冊の、各短編の、それぞれの登場人物たちが、独立した主張をちゃんとしていて、読み応えがあります。

あまりにも器用に仕立てられ過ぎているので、商業的な匂いも多少しなくはありませんが、そういうところも含めてがこの作家の持ち味であり、スタンスなのかな、とも。

高校生や大学生たちの描写もリアルですが、そこから少し年代の上がった作者の目線がサラリーマンやOLたちの日常にまで伸びてきていて、その描写がやはりリアルで、作家兼会社員の道を選んだ強みを持ちはじめているんだな、とも感じました。

人間を観察する視点には冷静かつシニカルな側面が見られますが、その先に希望ある世界を夢見ているような、そういう心境も垣間見れてきます。もしかすると、そこが「甘い」と評価されることもあるのかもしれませんが、そんなところも魅力なんだろうと思います。