「マイルド生活スーパーライト」
丹下健太著(河出書房新社)
契約社員である主人公の上田は、間もなく契約更新の時期である。上田は、最近彼女(荒井)との間に微妙な温度差を感じていて、どうやらふられそうである。
上田の周りには、会社の同僚である鈴木と、大学から付き合いのある西岡と有山という友人がいて、荒井のことを鈴木に話すと三人は上田の家に集まって相談に乗ってくれることになる。 いざ集まって話していると、実は西岡が既に恋人にふられていたことが明かされて、話題はそちらの方に。西岡によると、ふられた理由は定かではないが、「俺との先が見えなくなったみたいなこと言われた」とのこと。 それから一週間後、かねてからの予測通り、上田は荒井に電話で別れを告げられる。荒井に未練のある上田は、会って話したいと言うと、荒井は意外にもあっさりと、もう一度会うことを了承してくれた。 実際会っても、何を話していいのかもよく分からなかった上田であるが、話題は次第に、なんで別れるのかという理由についての言及になり、具体的な不満を漏らしだした荒井にたじろぐ上田だったが、最終的に「未来が見えない」という、西岡が彼女にふられたのと同じ理由を、荒井は口にするのだった。 その「未来が見えない」というイメージを、荒井は川の上流から流れてくる「葉っぱ」に例えた。昔は見えていた「葉っぱ」が、今は見えない、だから拾えない、という。 その話を友人三人(鈴木、西岡、有山)にすると、では実際に川で「葉っぱ」を流して拾ってみようという話になってしまう。 そして男たちは、本当に川上から木の葉を流して拾ってみるために、川に出向くのだった。 ちょうどその頃、上田は上司から契約更新の書類を渡されていて、契約社員としてこのまま働き続けるのか、会社を辞めるのかを逡巡してもいた。 |
「青色讃歌」で第44回文藝賞を受賞した丹下健太さんの、受賞後初作品です。
どこがどうと言うのではないのですが、作品を読み終えた後も、なぜか上田や上田の友人たち――鈴木や西岡や有山がどこかそこら辺にいそうで、その彼らが楽し気に自分にも話しかけてきて友人関係になってしまったりしそうで、それが妙に心地よい、という感想を持ちました。
際立った事件が何一つ起こらない分、何でもない日常の風景(会話や遣り取りなど)が丁寧に描写されていて、上田というちょっと冴えない人物像や、その周辺にいるやはり冴えない感じの登場人物たちが、緩い空気感の中で友情を育んでいる気配がして、そこには現実の厳しさやほろ苦さも差し挟まれているのに、なぜかホッとしてしまうのです。
これは作者自身の「世界への眼差し」が関係しているのでしょう。そこがこの作家の持ち味でもあり、それこそがテーマであって、一番書きたいことなのではないかな、とも思います。
物語り中、川の流れについて、川上と川下と、どっちが「未来」なのか、という疑問が登場人物の一人の口から発せられますが、確かにどっちだろうな、と分からなくなってしまいました。
時間の流れを川に例えているのだから、流れていく先である川下が「未来」であるような気もするのですが、(川の)ある地点に立ってそこで「未来」を待ち受けている人間にとっては、上流から流れてやってくるものの方が「未来」であるような気もする……。
この作品では、川上が「未来」ということになっています。
その「未来」とは上田であり、荒井が見失った「葉っぱ」である上田自身が、「じゃあその葉っぱどこ行ったの?」と荒井に投げかける場面があって、これは実は存在論的な投げかけだともとれて、そうするとなんだかちょっとシュールです。
ここから4人の男が、暗い川で寒さに凍えつつ、ひたすら木の葉を流し拾おうとする場面へとつながるのですが、最後まで一枚も拾えないという結末を上田がなんとなく受け入れていく過程は、切ないのに可笑しくもあります。
その後の、面倒くさい先輩(佐野さん)との、理不尽なパチンコ生活も含めて、結局何も起こらない話なのに、不思議と心に残ってくる作品です。
【他作品】
「青色讃歌」 (→読書感想はこちら)