犬身

「犬身」

 松浦理英子(著)

(朝日新聞社)

 

 

犬が好き、というより、犬そのものになりたい。という願望を持ちながら生きてきた主人公「房恵」。

彼女は「犬の眼」というローカル雑誌を大学時代からの友人(久喜)と共に起こし、その編集者としての仕事をこなしつつ生活していた。

自らを「性同一性障害」ならぬ「種同一性障害」だと自負する房恵は、かつて取材をしたことのある陶芸家の「梓」に、犬的な思慕を抱くようになり、もしも犬に生まれ変われるなら、彼女に飼われたい、などと妄想するようになる。

そんな房恵の願望を叶えてくれたのが、「天狼」というバーの店主「朱尾」だった。

通常の人間とはどこか違う空気感(狼的?)を発散している朱尾だったが、その彼が、ある交換条件の元、条件を呑むなら房恵を望み通り犬に変身させて、しかも梓のペットとして生きられるようにしてやる、というのだった。

朱尾側の条件は、「犬生」を全うしたら、その後で房恵の魂を貰う、というもの。彼はいわく「魂のコレクター」であるらしく、どうやら、”人として生きるより犬として生きたい”などと考えて日々過ごしているような、房恵の魂そのものに興味があるらしいのだった。

半信半疑だった房恵だったが、そんな中、梓の飼っていた犬が不慮の事故に遭い死んでしまう。朱尾は房恵に、「契約を交わしましょう」と言い寄る。房恵はそれを受け入れていく。

と、ここまでは、長編大作『犬身』の、第一章「犬憧」のあらすじです。ここから「犬暁」、「犬愁」、「犬暮」「結尾」と続きます。体感としては、かなり長い作品です。電子書籍配信サービスで、2004年4月から2007年6月までの連載だったということを踏まえると、何となく納得がいきました。一気読みは少し疲れますが、連載として小出しにされたものを読むには、ちょうどよいテンポですし、適度に人間関係がドロドロしていて、昼ドラ的好奇心を呼び水に、何となく読み始めたら最後まで読んでしまいたくなる作品ではあります。

さて、本作品は、題名からすると、なんとなく「犬萌え」がテーマであるようにも思われるのですが(もちろん、その要素も十分に濃くあります)、それよりももっとメロドラマチックな家族間での人間模様が事細かく描かれていくことからして、作者のテーマは別にあるようです。

松浦さんは、朝日新聞社のサイト上のコメントとして「あえてバカバカしいと言われる小説を書こうと思った」と述べられていて、これは「犬身願望」なる女性の物語り、という奇抜性に対してのことだと思うのですが、それに被せて提示している「性愛の枠組みを超えた愛情」というテーマには、もっと強い想い入れがあるのだと思います。

物語りはその後、犬に生まれ変わった房恵が、梓の愛犬「フサ」として生きはじめ、その視点から梓を取り巻く環境(実の兄からは近親相姦を強要され、実の母親からは兄との関係を嫉妬され陰湿な仕打ちを受けるなど……)を目の当たりにして、翻弄されていく、という展開です。

松浦理英子氏は、1978年に『葬儀の日』で第47回文學界新人賞を受賞(芥川賞候補にもなる)してデビューされ、他作品として、

『乾く夏』(芥川賞候補)

『親指Pの修業時代』(女流文学賞)

『ナチュラル・ウーマン』(三島由紀夫賞)

などがあります。

なお、本作「犬身」は、第59回読売文学賞を受賞されています。