さようなら、オレンジ (ちくま文庫)「さようなら、オレンジ」

 岩城けい著(ちくま文庫)

(第29回太宰治賞、第8回大江健三郎賞 受賞作品)

 

 

「さよなら」ではなく、「さようなら」が正しい日本語なのだな、と思うところから、もうこの物語は始まっています。

物語りの主人公であるサリマは、紛争の絶えない危険な祖国を捨てて、英語圏の平和な国に家族と共に移住してきます。彼女はスーパーの精肉加工の仕事に就くかたわら、英語の語学教室に通いはじめます。サリマの祖国はアフリカのどこかというだけで、彼女が移り住んできた国も具体的な名称は出てきません。語学教室での他の生徒たちとの交流や、職場での出来事など、サリマの日常をサリマの目線や内面の葛藤を至近距離から追い続ける第三者の視点で描き続けます。そこに、サリマの物語り中にもちょくちょく登場する人物に違いないと思われる女性の、手紙が挿入されてきて、この二つの流れが絡まりながら、一つの物語に流れ込んでいく、という構造だと思って読んでいると、最後に仕掛けが待っていて、最初思っていたのとはずいぶん違う風景が見えることになります。(あまり言うとネタバレになるので、ここまで)

「オレンジ」は、「太陽」であり、これはサリマの心と手紙の主である女性との心を繋いでいると同時に、彼女たちの希望の灯でもあるようです。(もちろん、この解釈は様々に出来得るものだと思います)

この作品を読むと、「言語」というものの力や、それの持つ意味、それが世界を分断しているかのような現実、など様々なことを考えさせられていくのですが、最終的に「母国語」というものへの信頼や可能性、愛着(この物語では日本語がすなわち母国語となるのですが)という回帰を経て、改めて言葉(普段、何気なく使っているもの)の意味を噛み締める、という楽しみもあります。

これは、サリマという一人の女性の、生きる姿を描いているとも言えるのですが、「言葉」が私たち人間にとって、実にどれほど大きな力を持つものであるか、ということの一つの見せ方であり、問いかけでもあると思います。