温泉妖精

すばる文学賞受賞作

温泉妖精(集英社)

黒名ひろみ著

目にカラコンを入れ、外国人のふりをして地方の温泉宿でチヤホヤされようという魂胆がまず秀逸。毒舌男のブログをみて宿を選んで・・・この小説は、決して美しい情景や素晴らしい心根の登場人物などを描いてはいません。むしろ、容貌へのコンプレックスから整形手術を繰り返す女や、五十がらみの冴えないオタク男が出てきたリ、肝心の舞台になった温泉もしなび切った感じで、とお粗末なものです。

それなのに、一気に引き込まれて読み進んでしまい、読破した後は、なんともほっこりして爽やかな余韻に浸ってしまう。そういう素敵な小説です。



引き込まれるのは、作者と主人公とのちょうどいい距離のバランスや、テンポの良さや、語り口の嘘のない感じ。意地悪でも崇高でもなく、歪んではいてもどこかに歪んだものを客観視できる強さがあり、それでいて弱さもあり、人間そのものです。

これがとてもリアルで嫌味がなく、心の割と深い場所にまですっと入り込んできて、違和感がありません。読者にとって、一番心地よく調度いい場所に、作者は目線を常に合わせてくれていて、どこまでも置いて行かれる感がありません。

まるで、とても手触りのいい手に腕を取られて、どこかわからないけれどきっと自分がずっと言われたかったことをズバッといってれる世界。そんな生々しい場所に、安全に連れて行ってもらっている。妖精の正体が、2chで噂になっている悲しい男の伝説でしたが・・(笑)