第51回新潮新人賞受賞作品

『尾を喰う蛇』

中西智佐乃(著)

 

大阪の病院に勤める、35歳の介護福祉士の男が主人公の物語。

男は恋人と別れて一年以上も独り身で、職場では老人の介護に追われる日々です。

医療現場のやりきれないほどに追い詰められた描写が、読んでいて嫌になるほど克明でリアル。

労働者の切実な現状を描いた社会派的な小説かと思いきや、そこに「戦争」や、「暴力」の問題が浮き上がってきます。

現在である医療現場での暴力と、そこに介護される側として存在する入院患者である老人の記憶の中に眠る過去の暴力(戦争体験)は、同質のものとして、日々蓄積される主人公の鬱屈の闇の中で繋がっていきます。この辺りが絶妙に上手く描かれていて、作者の力量を感じさせるところでした。

新人賞としては稀にみるような良い作品で、選考委員たちの評価も一定以上は得られていました。

にも関わらず、私自身が感じた温度ほど評価されていない気がしたのは、終盤に用意されていなければならなかったカタルシスの弱さだったかもしれません。

作品はそこにある暴力の普遍的な不気味さを認めつつ、当事者であり追い詰められていきながらもどこか傍観者のような立場で、主人公を最後まで壊さなかった。このことが、ただ「仕方がなかった」を繰り返すだけの老人と同等の立場に彼を置き、そこに置き去りにしてしまったという気がします。そこが唯一残念なところだったのかもしれません。

作者が意図してそこまで書いたのかどうか分からないのですが、私はこの作品を読みながら、現代の日本人の心の空虚さ(貧しさ)の原点は、やはりかの戦争にあるのではないか、ということを考えました。あの戦争を私たちは当時兵隊として出征していた人たちの孫の代にまでなってもなお引きずっていて、未だにきちんと向かい合えていないのではないか、とそんなことを考えたのです。もっと私たちは自分たちの引き起こしてしまった罪と暴力に向き合う必要があって、それをずっと避け続けてきた結果が、現在であり、その連続した悲劇性が、医療現場での暴力と繋がっていて、そこを描いたとも(だいぶ大幅な解釈かも知れませんが)読めたので、私はこの作品を読んで思わず唸ってしまったのでした。