第161回芥川賞候補作品

『五つ数えれば三日月が』

李琴峰(著)

(『文學界』2019年6月号に掲載)

 

台湾籍の日本の小説家、李琴峰さんの小説。

台湾で生まれ育ち、東京の大学院を卒業してそのまま東京で就職した主人公の女性と、彼女が想いを寄せる日本人の実桜(みお)が東京で再開するという物語(実桜は、東京に残った主人公とは入れ違うように、台湾に渡っていました)

国境、というより言語の壁を超えた同性同士の恋愛が描かれていて、ものすごく個人的な苦しみの中にいる感情や記憶の世界がそこにあり、それを書き綴るのは、普段読み慣れた日本語とは少し違う印象をもつ文章です。

日本語と『台湾の中国語」(これに対して、「中国の中国語」というのがあるそうです)の、合いの子のような言葉です。

ややこしいのですが、台湾で使われている言葉には、純粋な中国語(これがおそらく「中国の中国語」なのでしょう)と、台湾訛りの中国語(「台湾の中国語」)があるみたいです。

こうした言語圏の中で育った言語的な感性が、日本語と交わることで生み出されている小説、なのだと思います(こうした複数の言語的な感性が交わった日本語の小説は、現在ではそれほど珍しいものではなくなっているとも思いますが)

私は小説の評価として、どれだけ彼女が特殊な言語的な感性を生かせているか、というところと、個人的な感情の渦に呑まれているこの一つの恋愛譚が、その特殊性を乗り越えて普遍的な苦しみや喜びの感情にまで届き得たのか、というところの二点にだけ絞って読みました。

私個人としては、この二点において、やや納得できないものを残していますが(一つには、彼女の言語的な背景をもってすれば、もっと味わい豊かな文章が書けるはずだという期待値に対してということです)、もちろんそれはあくまでも個人的な見解で、面白い書き手であることは間違いないと思います。