『幻をなぐる』
瀬戸良枝著
(集英社)
(第30回すばる文学賞受賞作品)
子供の頃から感情のコントロールが上手く出来なくて、心と行動が裏腹な結果になってしまうという性分の中川(女)。
中川は、彼女なりの大志を抱いて東京の美大に行ったが、夢破れて帰郷することに。 すると、かつて同じ画塾に通っていた憧れの男(”奴”)と偶然に電車内で再会する。 そこから、思わぬ展開で二人は親しくなり、ついに肉体関係にまで行き着く。 だが、そこで男が中川に甘く囁いたのは、信じられない一言だった。 「じゃあね、五角関係になろっか?」 中川にとって、神々しくも超越的な存在だった男は、実は妙な宗教にはまっていて、中川に近づいたのは宗教がらみの目論見のためで、本心からの愛ではなかったようで、それが”奴”の正体だったとわかる。 中川は幻滅し、そしてひたすら煩悶する日々がはじまる……。 |
途中まで、文章がちょっと下品過ぎないか、と思う部分もあったのですが、読み進めてみると、これは中川という個性を表現するためには、どうにも必要不可欠な要素なのだとして、受け入れました。
一度受け入れてみると、文章の所々にはかなり鋭かったり、はっとするほど美しい表現なども織り交ぜられていて、これはもしかすると、かなり凄い力を秘めた文章かもしれないと感じました。
三人称で書かれているのに、作者と中川はかなり近いような気がしました。また、文章の奥底から感じられる妙な精気があって、それが主人公である中川という女の肉体と繋がった精神の膨らみのようでもあります。
リアルな女、それも壊れかけようとしているかなりやばい女の肖像が、まさに本の表紙の絵そのもののように、暗闇から浮かび上がってくるように立ち上がってきて、ぞくぞくとしました。
中川は、自分を裏切った男への憎しみをためて、ひたすら鍛えた肉体で”奴”を殴ろうとするのですが、しかし彼女が実際に拳を向けるのは、自分自身の顔面です。
この場面にはかなり痺れましたが、ごくありきたりなような兄との最後の場面も、非常に良かったと思います。
これは、人生を裏切られていたはずの、かなりやばい壊れかけた女が、自分の弱さや醜さや様々な劣等を受け入れて、人生を再生していく話なんだと思います。
この素直なラストにこそ、本当にリアルな女(人間)を感じました。
ただの脇役だと思っていた兄が、ここにきていい味出しているのも、中々に良かったです。
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