オブ・ザ・ベースボール (文春文庫)「オブ・ザ・ベースボール」

  円城塔著(文藝春秋)

  (第104回文學界新人賞受賞作)

 

 

現在は自らが選考委員もしている文學界新人賞を受賞したこの作品が、円城塔さんのデビュー作です。(実際にはデビュー作に位置づけられるものはもう一作、「Self-Reference ENGINE」というのが存在していて、これは第7回小松左京賞の最終候補作までなって落選したのを、自ら早川書房に持ち込んで単行本化された模様です)

 ファウルズという人が降ることで有名な町があり、この町は”人が降る”ということ以外では、ほとんど何もない退屈な町で、ただ麦畑に囲まれている。主人公の「俺」は、総計9名からなるレスキュー・チームの一員で、仕事としては降ってくる人間を救う事。任務遂行のために、役所から支給されているのは、野球チームでもないのに、ユニフォームとバットだけ。したがって、人が降ってくれば打ち返すのが妥当なのだろうが、いまだにそのチャンスはない。なんといっても、町に人が降るのは、だいたい年に一度の割合で、しかもまだ誰も救出できた試しがない。だから町や町の周辺には、救出できなかった人間の墓標が無数にある。

 ある日、「俺」は、空から降って来る人間の姿をはじめて視覚に捉えた。追いかけていき、なんとか間に合ってバットを振ると、それはどうやら未来から降ってきた「俺」であるみたいだ……。

なんとも風変わりな物語で、全体的に飄々とした雰囲気です。

円城塔さんのことを、「難解なことばかり書く作家」と頭から思い込んで苦手意識を持ってしまう人もいるでしょうが(実際、自分もあまり好きな方の作家ではありませんでしたが……)この作品を読むと、なんとなく心が開かれるのではないでしょうか? 少なくとも、私は本作を読んで、ずいぶんと円城塔という作家の見方が変わりました。

「空から人が降る」という、とてもあり得ない設定を前提としてはじまり、さて、「空から人が降る」とはいったいどういうことだろう、と一応話は進みますが、その話の運び方が何とも人を食った感の悠長なもので、実際に降って来た人間はことごとく死んでいるのですから、これだけの重大ごともないはずなのに、そこには全くと言っていいほどに悲壮感はありません。まるで寓話かファンタジーのように軽やかに「人が降る」ことを受け入れていて、それがなぜか等身大の現実世界を投影しているように響いてくる。不思議な作品です。カフカや安部公房の描く「不条理」にも似ています。

まだそれほど深く円城さんの他作品を読み込めてないのですが、本作品を読む限り、文学を文学という枠組みの中で孤立させないで、他の様々な分野の「知」と結合させて、より境地を広げようとしている作家なんだな、と、とりあえずそこだけは強く感じました。

文春文庫から発行の巻末に解説を書かれた沼野充義さんが「チャーミング」と言われているのもよくわかります。円城塔は、どこか人を食っていて飄々としていて、掴みどころのない作家です。けれど確かにチャーミングなところもある。

円城塔がちょっと苦手……と思っている人に、とりあえずこれだけは読んでみたら? と進めてみたい気がします。

【参考資料(上記書籍)】

Self-Reference ENGINE (ハヤカワ文庫JA)

「Self-Reference ENGINE」

(円城塔著)早川書房

 

 

 

 

【円城塔の他作品読書感想】

「烏有此譚」(講談社) → 読書感想はこちら