第56回文藝賞受賞作品 『かか』 宇佐見りん(著)  (『文藝』2019年冬号に掲載)

父親が浮気して家を出た後に精神を病んでしまった母親を憎みながら同時に深く愛する娘の、心の葛藤が描かれています。

小説は、姉である語り手が、弟へ話しかける形を文体にして構成されていて、慣れるまで独特な語り口が気になって話が入ってこなかったのですか、語り手の置かれている深刻な状況が熱を帯びはじめると、文体はもう気にならなくなりました。

読み通してみたら、この文体でしか書けなかった作品だと納得しました。

母娘間の軋轢が描かれた作品は、昨今多く目にしてきましたが、この作品にはこの主人公にしかない視点と、視点から芽生える痛みの感度があり、それが冴えていたようでした。ここは、他とは一線を画していると思いました。

母親の痛みを自分の痛みとして取り込んでしまう娘(語り手)は、もはや母親と自分との存在の境界も分からなくなるほどに痛みの渦に巻き込まれていて、この深刻さは胸に迫るものがあります。

中盤からは、かなり引き込まれてしまいました。

母娘の物語を通して、女という性の担う宿命のようなものが描かれていますが、男が一方的に傷つける側で女だけが痛みを引き受ける側だとする流れが、やや定型ではないかという気が途中何度もして気になりました。

ですが、母親を自分が生んで育て直したいと願うところや、SNSの中で母親を殺してしまうという展開から、定型を破るだけの力を作品内に感じたので、考えを改めました。

ラスト一文を読んだとき、静寂の中でカン、と響くような孤独が押し寄せてきて、いい小説だと思いました。