第160回芥川賞候補作品 『戦場のレビヤタン』 砂川文次(著) (『文學界』2018年12月号に掲載)
レビヤタン(レヴィアタン)というのは、旧約聖書に登場する海中の怪獣(怪物)のことで、リバイアサン(リヴァイアサン)のことです。
本作では、戦場というものをつくっているものの本質(真の怪物の正体)へと、主人公である「K」なる人物の思考の流れに沿って、近づいていきます。
戦場をつくっているのは明らかに人間自身なのですが、善と悪、敵と味方、という単純な衝突から生じるものではなく、人種や宗教、国家という明瞭な住み分けのできない(思想すら統一でない)無秩序で訳のわからない場所であるのが戦場であるという、そういうことの不気味さ(あるいは不思議さ)が、描かれていたのだと思います。
舞台となっているのはイラクで、その都市アルビルとキルクークの中間にある石油プラントを警備する業務で警備会社から派遣された武装警備員というのが、小説の主人公である「K」という日本人の元幹部自衛官の男です。
血なまぐさい戦いの気配が常態化した世界と、平和であるがゆえに目標を見失い退屈さや空虚さが日常化した日本。この一見対照的で、地理的にも隔たった二つの世界が、「K」という人物により繋がります。
平和な現代日本のありふれた日常風景の中に、突然「戦争」という光景を投入した『市街戦』の作者ならではの対比だろうと感じます。さらに、この二つの世界が、危うさという意味ではほとんど同じ線上に捉えられていることも、見逃してはならない点ではないでしょうか。
戦争とはおよそ無縁な世界であるかのように思える日本が、レビヤタンの住む戦場と地続きであり、いつ戦場と化してもおかしくはない危うさを有するというリアルがそこにあり、それが一つの気づきとして描かれた、そんな小説だったように思います。
一方的な嫌悪を表したり、警鐘を鳴らすとかいうのではなく、不条理な世界に生きる不条理な生物(命)として、「K」がその現実を受け止めているという感じがあり、それがこの小説の手触りだった気がします。