文芸 2017年 11 月号 [雑誌]

『獣を見たらすぐに撃て』

坂上秋成(著)

(『文藝』2017年冬号に掲載)

 

 

 

2017年冬号の『文藝』は、本当に充実した内容です。

まず、文藝賞受賞作でもあり、芥川受賞作ともなった若竹千佐子さんの『おらおらでひとりいぐも』の他、町屋良平さんの文藝賞受賞後の第1作目となる『水面』、やはり文藝賞出身者である山下紘加さんの『水に光る』温又柔さんの『空港時光』などなど、一作でもラインナップに含まれていたら買ってみようかな、と思わせる作品群が連なる中で、坂上秋成さんの『獣を見たらすぐに撃て』も、かなり異彩を放っていました。

 

主人公は、声優とアルバイトを掛け持ちでやっているアラサー女子。

読み始めて「おや?」とすぐに違和感を覚えるのは、主人公が自分のことを「わたし」ではなく「わたしたち」と言い続けていることです。

彼女は小説の世界からずっと「あなたたち」なるものに語りかけてくるのですが、この「あなたたち」が、正確にどういう括りの存在たちをさしているのかと考えると、おそらくは一読者となっている自分も含めた一般社会に住む諸々の人々、ということなのだろうと解釈するのですが、読めば読むほど一概にそうなのかどうか、掴めているようで掴み辛かったりもする。

そういうところに作品全体が揺れてるような、あるいは読んでいるこちらが揺らされているような、奇妙な感覚を覚えました。

主人公が、声優という職業であることも、作品の構造上、大きな意味合いを持っていたように思います。

声優とは、複数のキャラクターや物語の世界を次々と渡り歩いていく特殊な仕事で、『声』のみで出演し、その演技を売る商売。

尚且つ不特定多数の群衆に向けて、その演技は発信されています。

彼らの『声』は、実態である肉体から切り離されることによって、二次元であるアニメの世界のキャラクターたちに命を吹き込みますが、この特殊な仕事の異様性が、面白い具合に浮き彫りにされていて、興味深かったです。

主人公が途中、自分とキャラクターとの関係性で、自分の実在がキャラクターに盗まれたかのように戸惑っているようなくだりから、「わたし」と「わたしたち」、そして「わたしたち」と「あなたたち」の関係性がより複雑に揺らいでくる気配がして、とてもぞくぞくしました。