左目に映る星

『左目に映る星』

奥田亜希子(著)

〔第37回すばる文学賞受賞作品〕

(集英社)

小学生の頃に恋をした少年(吉住)のことが、大人になっても忘れられないOLの早季子。

彼女は、大学時代から付き合った恋人(日向)と別れた後、合コンで知り合った男たちと一夜限りの関係を結んだりすることはあっても、誰かに恋愛感情を抱くことはなかった。

彼女の心の中心には、存在しているのに、もはや存在していない少年の頃のままの、吉住が常にいた。

そんなある日、人数合わせで呼ばれた合コンの席で、その人物の噂を聞いた。宮内という男。彼は、会社でも変わった存在として認知されているようで、一つの特徴が、早季子とよく似ているらしい。

それは、時々片目だけ閉じてウィンクしているような顔をつくることで、左右の視力の違いからくるらしい。早季子も同じだった。そして、早季子の心の中にいる、吉住とも共通の癖である。

興味を抱いた早季子は、無理やりに宮内と連絡をとれるように、合コン相手の男に頼み込む。

会ってみると、宮内は、冴えない風貌のアイドルオタクだった。

主人公の早季子は、幼少時から右目と左目の視力が違っていて、右目を閉じて左目だけで見た世界は、両目で見た世界とも右目だけで見た世界とも違っています。

同じ人間ですら、目を変えると世界が変わる。世界の見え方と捉え方の個別性。

そのことに気付いた時から、早季子は人間がいかに孤独な存在であるかということに思い至ります。

その孤独から彼女を救ってくれたのが、初恋の少年、吉住だったわけですが、幼い恋は、長くは続かず、彼女は心の内側に、少年のままの吉住を抱いたまま成長してしまいます。

そんな複雑で孤独な内面を抱えてしまったことで、肉体的には成熟しているのに、心だけ恋愛不干渉のようになってしまった女性と、純粋なアイドルオタクとの、ちょっと変わった恋愛物語が展開されていきます。

本作は、視覚に問題を抱えた主人公を通して、個と世界の関係に向き合っています。

割と淡々と描写がなされていますが、主人公の視覚と読者の視覚が、どこかで自然に繋がるように、そういう意識がされているのではないかと感じる所もありました。

荒んだ印象の出だしとは裏腹なラストは、予想を裏切るものではありませんでしたが、妙に琴線に触れてきました。