新潮 2016年 07 月号 [雑誌]

「しんせかい」

 山下澄人著

(第156回芥川賞候補作)

『新潮』2016年7月号掲載

俳優志望の主人公の「ぼく」は、高校の同級生で恋人(のような関係?)のと別れて船に乗った。

目的(行先)は、【谷】だった。

【谷】とは、俳優や脚本家志望の人間を集めて、二年間共同生活をし、自分たちで自分たちの住む場所を作ったり農家で働いたりしながら俳優なり脚本家なりの勉強をする、という場所である。

そこで二期生を募集している記事を見た「ぼく」は、応募して試験に受かり、【谷】に向かうことになった。

【谷】の創設者は、有名なテレビドラマの脚本家で【先生】と呼ばれている。

「ぼく」は、【先生】のことも【先生】の作品(テレビドラマ)も、よく知らず、俳優になりたいのかもよく分かってはいなかったが、船に乗り込んだのだった。

そして、既に乗船していた他の二期生たちと合流し、船が港について【谷】を訪れると、またさらに他の二期生や、一期生や【谷】のスタッフらとも合流し、二年間に及ぶ彼らとの共同生活がはじまる。

出だしの展開に先の見えないドキドキ感があり、快活でテンポの良い雰囲気に引き込まれました。

読んでいくうちに、「あれ、この話、どこかで聞いたことあるぞ」と思っていると、どんどん私の知ってるある脚本家の話――倉本聰の富良野塾の話に似てきたので、おや? と思って作者の経歴を確認したら、思った通り、彼は富良野塾の卒業生でした。(つくづく、自分の勉強不足でした)

山下澄人さんは、過去にも芥川賞を、2012年に「ギッちょん」で第147回2013年には「砂漠ダンス」で第149回、同年に「コルバトントリ」で第150回と、過去三回も候補になっていて、今回は4度目のノミネートです。

小説を発表しだしたのは2011年からで、富良野塾を卒業後は劇団を主宰するなど、俳優としてのお仕事をされていたようです。

今回の「しんせかい」という作品は、半自伝的な内容だと言ってよいのだと思うのですが、一人称で書かれているにも関わらず、一部、作者の視点が「ぼく」の現実に見えている範疇を超えて、俯瞰的に周囲の状況を伝えている視点になったりもして、また文体や展開方法にも遊びがあり、正統的な私小説とは一線を画していると思いました。

また、【谷】での生活で起こったことが、実際の体験談からくるものなのかどうかという事実関係はさておき、小さなエピソードの中に面白いものが幾つかあって、”ちょっと変わった青春の体験記”として面白く読みました。

恋人未満のような関係で故郷に残してきた天との文通が、何となく「北の国から」のワンシーンを思い起こさせてくれて、もしかすると、かつての恩師へのオマージュ的作品でもあるのかな、と勝手に想像を膨らませてしまいました。

今回、第156回の候補作はどれもつわもの揃いだという印象ですが、本作を読むと、賞などとは関係なく、小説を楽しんで書いている作者の姿が目に浮かんでくるようでした。