/板垣真任著
(第119回文學界新人賞受賞作)
『文學界』(2014年12月号掲載)
大学受験に失敗した高校三年生の「タダオ」は、母親に命じられて、「徘徊を繰り返す認知症の祖父の尾行をする」という役を担っています。冬でも春でもない季節、田圃の多い東北の田舎の風景の中を、曖昧な記憶を頼りに、本当にあるのかどうかさえも分からない場所を探してふらふらと歩き回る老人と、それを自転車で追う孫の描写がなんとも言えない感じで伝わってきます。しかも孫「タダオ」は、さほど深刻には老人の心配はしておらず、時々途中でほったらかしにしたりもするのです。近所の理髪店の兄妹との出会いが、こうした光景の中に差し挟まれてきます。
精彩のない商店街で電化店を営む家族が、認知症老人を抱えているという状況が、静かでユーモラスな感覚で捕らえられていて、浪人生になる「タダオ」の微かな苛立ちだけが、少し波長の違う気配です。物語中盤から「タダオ」は理髪店の妹に惹かれていく感じですが、この辺りから小説に揺らぎが感じられます。ラストで待っている近親相姦という展開が物語世界を壊していて、残念な気がしてなりません。選考委員の角田光代さんは、
ここだけ、「小説とはこういうものだ」と作者が信じている、「オチ」のようなものになってしまって、小説をちいさくしてしまった。(『文學界』(2014年12月号 選評より)
と述べられていますが、全くその通りだと思います。それでもこの作品が受賞したのは、作者が潜在的に持っている何とも言えない文章のセンスと、23歳という若さだったようです。同じく選考委員の花村萬月さんは、
もし年輩の作者だったら大きく外してしまうことになりますが、作者は若いと信じて選考時は〇をつけました。(上記同より)
と言っているくらいです。
新人の文学賞では、ただ上手く書く、というだけではない魅力ある文体が求められますし、それなりに上手くまとめようとするよりも、もっと大切なことがあるようです。新人の文学賞の選評でよく目にする言葉に「次回作を期待する」というものがあります。プロの作家になって、まず次回作が書けるのか。それが何よりも肝心なのでしょう。
文學界の選考委員の方々に「次回作を期待」させたこの作品の、最も大きな魅力は、やはり独特な文体にあるようです。
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