『陶片』 沼田真佑(著)  (『文學界』2019年1月号に掲載)

 

2017年に『影裏』で、芥川賞を受賞した沼田真佑さんの作品。

40代で両親の家に寄生している独身女性が主人公の小説です。

書店でアルバイトとして働いている彼女は、真夜中になると心がささくれてきて、”どうもいけない”状態になる他は、特に何の問題もなく生きているかに、一見みえます。

彼女の内側に抱えているらしい何らかの闇は、眠っている間に「更新」されてしまう性質のもので、読みはじめた当初はさして意識されずにいました。

しかしながら実は、これがかなり深刻な歪みを伴ったものであることが、読み進めていくにつれ、明らかになってきます。

ある時からはじめた、浜辺での陶器の欠片拾い。

なんでもない趣味のようでありながら、後半になる頃には、これが性的な意味合いを持つ記号のようにも読めてきて、ぞくりとさせられました。

浜辺を散歩中に、少女の瞳に見つめられた記憶(浜辺に打ち捨てられた人形のものであると分かる)と陶片が結びつく場面があるのですが、月光に照らされてキラキラ輝くそれらは、どちらも何かしらハッとさせられる美しさが感じられます。

結婚と恋愛と人生が、切っても切り離せないものであるという現実を、40代という時間の中で突きつけれている彼女には、同性の恋人がいます。

彼女は、自らの性愛に悩んでいるというよりは、自らの性愛に名前を付けられずにいることに悩んでいるようであり、そこには単に性の問題だけではない、深い懊悩が読めてきます。

彼女は、自身の生き方や人間としての価値観そのもの全体に名前を付けられずに、ひとり彷徨っているという印象があるのです。

人生に彷徨うひとりの女が、ひたすら恋人の肌の質感に近い白い陶器の欠片を探して、夜の浜辺を歩き続けているという絵は、読後もずっと胸の中に残っていて、今も消えずにいます。