第149回芥川賞受賞作品
『爪と目』
藤野可織(著)
(新潮文庫)
『いやしい鳥』で第103回文學界新人賞を受賞して作家デビューした藤野可織さんの、芥川賞(2013年)を受賞した作品です。
二人称で書かれた文体が特徴的な小説で、娘と継母の関係性が淡々と描かれています。ちょっと不思議な不気味さがあるように感じました。
娘と継母という、古来から最強の敵対関係ではないかと思われる女二人が登場する時点で、既に不穏は内在されているのですが、もう一つそこに小説の仕掛けとして、作者は二人称という視点を使いました。
しかも、この二人称の視点の使い方はちょっと奇妙なのです。
文体的には「あなた」が主体ですが、内容的にはその「あなた」を観察している「わたし」の方が主導的です。にもかかわらず、「あなた」を観察している「わたし」の姿が「あなた」の視線を通して書かれる時、「わたし」という存在は主体性を失くして客観視されるべき存在となって登場してきます。まるで、見るもの見られるもの同士が合わせ鏡に映りこんだ肖像のように、無機的に描かれていて、主要な登場人物である女二人の主観は、行間の奥に隠され続けます。
継母である「あなた」に対して、娘である「わたし」なのですが、ここで一つの試みとして「あなた」と「わたし」を入れ替えても、日本語として文章的には意味が成立してしまうというところも、この小説の不気味なところではないでしょうか。しかも、文章的にはそうした方がよほど自然でもあるという気がします。(ただし、父親に対する関係性だけは直接的な置き換えはできませんが。「あなた」が「わたし」になると、父親だった人は夫となるので)。
この仕掛けによって、対立し続ける女たちの肖像は奇妙に重なり合い、混ざり合いながら作品の陰影となっているかのようです。
娘の実の母親の死にも戦慄の事実が隠されていて、しかもそれはある可能性を示唆したまま、小説は深追いせずに行間の彼方に葬ってしまっていて、ここにも怖さがあります。
ただ、ラストは小説の核に繋がる重要性があるにも関わらず難解すぎて、もっとも大事な点がいくつか掴みにくいままに閉じられてしまった感があり、多少作者に置いてけぼりをくったという印象でした。