第31回三島由紀夫賞受賞作品
『無限の玄』
古谷田奈月(著)
(筑摩書房)
『風下の朱(あか)』が第159回芥川賞候補作になっている、古谷田奈月さんの作品。
本作は、三島賞を受賞しています。
「百弦」というバンドを結成し各地を巡りながら音楽活動をしていた5人―― 僕(桂)と父親の玄と兄の律、そして叔父の喬とその息子の千尋。
帰郷していた月夜野で、父親の玄が他界し、残された4人が死体を発見するところから、物語がはじまります。
現実感と幻想感、詳細な奥行きと大胆な飛躍が共存した、稀有な印象の作品でした。
死んだはずの父親が何度も生き返るという設定や、作品に一人の女性も登場することなく家族や命が描かれているという不思議さも、不条理を通り越して神話のような抒情すら感じます。
彼らを繋いでいるものは血であると同時に、音楽や詩といった芸術であり、何度死んでも翌日には生き返ってしまうという現実感のない「死」はまさに、生命や個の境界を飛び越えて無限ループする芸術の具現化ではなかったでしょうか。
作品全体に漂う郷愁のような感覚があります。
例えば世代を超えて受け継がれ、繰り返し奏でられる音楽のようなものが、主人公たちの心の中にあって、それが彼らの絆であり、故郷だったように思います。