第41回すばる文学賞《佳作》
『遊ぶ幽霊』
兎束まいこ(著)
(『すばる』2017年11月号に掲載)
本が好きで、一日中本ばかり読んで過ごしている幽霊兄弟の話です。
死んでいるから時間の感覚はなく、誰からも干渉されずに、お金の心配もせずにいられて、好きな本を好きなだけ買ってきて、ついでに食べたいものを食べたいだけ食べて、つまり、読んで、食べて、寝てを繰り返すだけの幽霊たちの物語なのです。
時代も住んでいる場所も、彼らが生前どういう人生を送っていた人間だったかも説明はなく、そもそもなんで死んだのかも、よくわかりません。(時代に関しては、時間の感覚がないのですから、はなから書く必要性すらないのでしょう)
本好きでも、難しい文芸論なんかを持ち出してくることはなく、会話といえば、ごくごく他愛のない兄弟の掛け合い。ストーリー展開らしきものがほとんどなく、とにかくずっと何か食べているか、本を読んでばかりです。
まさに「本好きの夢」そのもののような世界ですが、本好きが明けても暮れても本を読んでいるというだけの日常を描いて、一つの作品として成立してしまっているというところは、なんといってもすごいのかもしれません。
選考委員の角田光代さんは、
奇妙な幸福感にずっと浸っていることができる。この時間が、この幸福感がラストまで続く。この世界の作り方はすごいと思う。(『すばる』2017年11月号「選考」より)
と、評価されています。
ただし、続けてこうも言われています。
でもこの小説が醸し出すのはその幸福感、一色のみなのでちょっと飽きた。(同上より)
ここのあたりが、本作品の評価されるべき点であり、また佳作にとどまった理由だったのかもしれません。
私個人としては、作品の随所にかなり可笑しな箇所があって、楽しめました。
例えば、”埃は交接するから増えるんだよ”という兄の話を盗み聞きしてから、急に増えだす埃の存在とか、紙魚(衣服や書物につく虫)を食べにきて弟に飼われることになった猫が、兄弟の代わりにお伊勢参りに行ってきたりするくだりなんかは、なんとも言い難い可愛らしさがあって、とても気に入りました。