『心のおもむくままに』
スザンナ・タマーロ(著)
/泉典子(訳)
草思社
主人公のオルガは、庭で突然倒れ、意識不明になる。
病院で目覚めた彼女は、医者から健康状態が非常に悪いことを告げられ、養老院を勧められるが、ベッドで釘付けになって一年余計に生きられるよりも、自分の菜園で死にたいと言い、三日後には退院した。 死期が近づいていることを感じとった彼女が、何よりも案じたのは、ぎくしゃくとした関係のまま、家を出ていった孫娘のことだった。 病気のことを知らせれば、孫娘は自分を犠牲にしてそばにいて看病しようとしてくれるかもしれないが、それはどうしてもオルガの望むことではない。 それ以上に望まないのは、何も知らせないでおいて、突然祖母の死を知らせる電報を孫娘が受け取ることになる事態だった。そんなことになれば、孫娘との関係はさらに修復ができないことになりはしまいか? 考え抜いた末に、オルガは、手紙を書くことにした。 手紙といっても、郵送されることを前提としないもので、日記のように自らの思いを書き置いたもの。 病気のことを知らせないまま死んでも、孫娘が変な誤解をしないで済むように。 そして、孫娘に向けて優しく語り掛けるように、オルガはノートに言葉を綴っていく。 仲が良かったころ、おしゃべりをして過ごしたときのように。 |
本作は、94年に発表されていて、イタリアで250万部、世界で600万部、日本では30万部の大ベストセラー小説です。
”逝ったものが胸にのしかかるのは、いなくなったためというより、おたがいに言わなかったことがあるためなのだ”(『心のおもむくままに』より)
この思いこそが、オルガに日記を書かせた原動力なのです。
つまり、死にゆく自らの運命や孤独を嘆いているのではなくて、自分が死んだ後も生き続けることになる者のためにこそ、紡がれた文章なのです。
そこには、遠い異国で暮らす孫娘を案じ、また励まそうとする祖母の優しい眼差しや、力強い愛情が満ち溢れていて、他人の人生のことなのに、おもわず胸が熱くなります。
また、決して語られることのなかったオルガの重大な秘密も、徐々に明かされていきます。すると、オルガとその娘さらに孫と繋がる女三代の歴史が、おのずと浮き彫りになってきます。
日記という形をとってはいますが、実は素晴らしい構成力を持つ小説としても、美しく立ち上がってきます。
作者のスザンナ・タマーロは、子供のころに両親が離婚してからは祖母に育てられた経験があり、この育ての親である祖母の姿が、そのまま主人公オルガのモデルになったようです。
つまり、遠く離れて暮らす孫というのは、スザンナの分身みたいなものなのです。
そういう背景を頭に入れて読み直してみると、改めて色々な感情が呼び起こされてきて、味わい深い一作だと思いました。
【スザンナ・タマーロの他作品】
『独りごとのように』
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