こんにちは(´-`).。oO

『tori研』です。

今回は、新潮新人賞第46回~第48回を研究してみようかと思います。

以下が受賞作の一覧です。

第46回(2014年) 『指の骨』

高橋弘希

(→読書感想はこちら)

第47回

(2015年)

 『恐竜たちは夏に祈る』

高橋有機子

(→読書感想はこちら)

第48回

(2016年)

『二人組み』

鴻池留衣

(→読書感想はこちら)

 『縫わんばならん』

古川真人

(→読書感想はこちら)

【第46回】

『指の骨』高橋弘希

戦争を知らない若い世代が書いた戦争小説。

この作品は、第152回芥川賞候補にもなりました。

また、高橋弘希さんは、朝顔の日』で第153回、『短冊流し』で第155回、と計三回も芥川賞候補になっています。

『指の骨』は、新人とは思えない圧倒的な文章の上手さを感じました。選考委員全員の称賛を受けての受賞。

意外とこういうのはありそうで少ないことです。新人賞からいきなり芥川賞候補になる作品でも、たいていは選考員の一人くらいは批判的だったりしますから。

とはいえ、やはり選考委員の中でも特に厳しい中村文則さんは、作品を評価しながらも、

ただ戦争を表現したのみの小説とも言えてしまい、本来なら、世界に溢れる戦争(天災でもいい)が内包する普遍性や本質を鋭く抽出し、そこを表現できればこの小説はもう一段上にいけたと思う。(『新潮』2014年11月号 選評より)

と、やや厳しめの意見を添えていましたが。(最後のシーンで、その萌芽を感じることができたともしています。)

 

【第47回】

『恐竜たちは夏に祈る』高橋有機子

自分を冷遇した継父の介護をして生きる女(衿子)と、その継父の実の孫娘(緋鞠)が一夏を共に過ごす物語。

不遇な人生を送ってしまったために卑屈な性格である衿子と、今時の女子高生でやや攻撃的な緋鞠。

一見、二人は対極の存在であるようですが、実は緋鞠にも学校で苛めにあっているという暗い現実があって、二人とも社会的にマイナーな者同志です。

はじめのぎくしゃくとした関係から一転、物語の中盤から心を打ち明け合うようになり、そこから仲良くなっていきますが、それでも最後は別れていきます。

展開が、やや強引にハートフルな流れにもっていかれた感はありましたが、介護の現場の描写が上手かったことと、不幸な生い立ちである衿子という人物造形が、かなり成功していること、小説がマイナーな対場から書かれていて、世の中の規格に捕らわれない目線がしっかりと持続されていたこと、など評価する点は多かった思います。

ただし、中村文則さんはかなり厳しい採点でした(詳しくは、読書感想をお読みください)。

 

【第48回】

『二人組み』鴻池留衣

どうしても、芥川賞候補になった同時受賞作『縫わんばならん』の方が注目されてしまいがちですが、私個人では、こちらの作品の方が好きです。

まず、主人公が中学生の男子で、かなりおチャらけたキャラクターなので、入り口が入りやすい、というのもあるのですが、読み進むうちに、実に精度の高い心理小説であることが分かります。

主人公の本間は、勉強が出来て要領も良く明るい性格で友人も多いけれど、自意識が強く、また周りの人間の『噓』に敏感です。偽善を押し付けてくる教師の『噓』、内申書の点数を稼ぎたいだけのクラスメイトたちの『噓』に、苛立ちを覚えます。

そんな彼ですが、不思議ちゃんであるクラスメイトの「坂本ちゃん」と、合唱コンクールの秘密特訓をするという口実から、奇妙な関係に陥ります。

この坂本ちゃんのことを、本間ははじめから見下していて、関係性が変化してもなお、どこかで必ず見下し続けていて、そんな自分に気が付いてもいて、そんな自分の『噓』にも苛立ちを覚えます。

本間という主人公の内面を、表も裏もひっくり返して何度も観て、それでも飽きず様々な角度からその心の有りようを探り、奥底にくすぶるエゴを曝け出していきます。

この徹底して追及する感じが素晴らしいですし、坂本ちゃんとの関係――見下しながら、同時に強く欲してしまう、というもどかしい関係は、恋愛の一つの形として、一つの普遍を示せているとも思いました。

 

『縫わんばならん』古川真人

親族同士が集まる葬儀会場などの場で語られる、とりとめのない話の断片を縫い合わせて一つの物語に出来ないかと思ったのが、この作品を書くきっかけだったようです。

親族の集まる場で交わされる、他愛のない、けれど話している本人も、また周囲で相槌を打っている者たちも、笑みを浮かべずにはいられない話、この、彼らが語りあうことで持ち寄る記憶の断片を縫い合わせ、ひとつの物語にしよう、そう考えて書いた――(『新潮』2016年11月号「受賞の言葉」より)

地方に生きる4世代に渡る一族の物語で、まず二人の年老いた姉妹の視点で、彼女たちが体験した記憶の断片がそれぞれの日常生活と共に描かれ、そこから一族の話が立ち上がってきます。

その次に、葬式がはじまり(姉妹の義理の姉の葬儀)、それぞれの記憶が再び持ち寄られ、姉妹以外の人間(若い世代も含む)のものとも合わさって、とりとめもなく繋がっていく。

様々な箇所で矛盾や空白を持っている人間の記憶という曖昧なものの曖昧さが、妙な臨場感を持っています。

またそこに作者の愛情めいた優しい眼差しもあり、不思議なエネルギーを保ち続けている作品だと思いました。

一見、”古い世代のことを描いた、古臭い小説”ととられても仕方のないような作品なのですが、記憶や意識という曖昧なものを物語の主幹に据えているところや、それを取り扱う手つきには独特なものがあり、そこには新しさがあると思いました。

個々のエピソードが若干退屈なようにも感じますが、それ以上に小説の捉え方の大きさと独自性が目を引く作品であるのは確かです。

 

【まとめ】

芥川賞候補作が、ここでも二作登場します。

やはり、新潮新人賞は凄いな、と改めて思ってしまいます。

 

さて、以前にも書いた気がしますが、第49回から、選考委員が数名入れ替わります。

大澤信亮さん、川上未映子さん、鴻巣友季子さん、田中慎弥さん、中村文則さんです。

川上未映子さんと中村文則さん以外の三氏は、新しい顔ぶれです。

実を言うと、選考委員としての中村文則さんに私個人は注目していて、それは選評がとても厳しいからです。

また、指摘が抽象的ではなくて、かなり具体的であるところも特徴的です。

全面的に正しいと思える意見と、自分はそうは感じないけども……というところとがありますが、選考の過程でどういう欠陥に目を向け、どういうところを評価対象としていくのか、のヒントを多く与えてくれていて、参考になります。

 

新潮新人賞も、締め切りが刻々と迫ってきていますが、まだまだ時間は十分にありますので、

みなさん、お互いにがんばりましょう!!(*ノωノ)

 

以上を持ちまして、新潮新人賞の研究は、いったん終了します。

次回からは、すばる文学賞の研究に移りたいと思います。

近い日にお目にかかれることを励みに、がんばってみます(*‘ω‘ *)

それでは、みなさん、また~(@^^)/~~~