オブ・ザ・ベースボール (文春文庫)

「つぎの著者につづく」

 円城塔著

(「オブ・ザ・ベースボール」

 〔文藝春秋〕に収録)

 

 

2007年。「オブ・ザ・ベースボール」→読書感想はこちら)で文學界新人賞をとった年の11月に、『文學界』に掲載された作品です。この作品も含め、メタフィクションを題材にしているものが、円城塔作品には非常に多いです。

「オブ・ザ・ベースボール」が円城塔の作品の中でも割と読みやすく近づき安い作品だとすると、この「つぎの著者につづく」は、だいぶ作家としてカラーが出てきたと言うべきか、かなり難解です。後に芥川賞を受賞する「道化師の蝶」や、「松ノ枝の記」にも通じるテーマを題材にしていて、小説を書くという行為や言語そのものを追求する作品に位置づけてよいと思います。

まず題名ですが、これはSF界のホラ吹きオジサンと呼ばれているR・A・ラファティ「つぎの岩につづく」からヒントを得ているようです。(これは、「煙突岩」という岩を探索隊が調査していると、異なった時代の石が出てきてそこに記された絵文字を解読したら最後が必ず「つづく」となっていて、要するに時代を超えて物語が続いていてそれが未来まで……という話らしいです。)

けれど、実際には小説中にラファティのことも作品もあまり触れられていないので、なんとなくここでも既に雲に巻かれている感じです。

言葉の起源、というか、その起源を持つ民族を探ろうとしたエジプト王プサンメティコスの話から物語は始まりますが、これはヘロドトスの「歴史」の引用のようなくだりです。それがいつの間にか言葉の闇の中に放り込まれていて、わけも分からないうちに(読者は)、失われた本を求めてプラハの古書店にまで連れて行かれます。

語り手の「私」が、ある雑誌で作品の類似性を指摘されたR氏の作品を探して、そこに辿り着くのですが、R氏というのは実際に存在しているのかどうかも分からないような、奇妙な人物なのです。R氏の人物像は、「非現実の王国で」の作者ヘンリー・ダーガーを思わせるのですが、ヘンリー・ダーガーそのものではなくて、どこか似ているけど違う――「模倣」を匂わせる作りになっています。

小説中、たくさんの古典作品とそれに関連付けた歴史的背景の断片が、これでもかと言うほどに思わせぶりに散りばめられていて、深く知らなければ分からないようなことを、断片だけで匂わせて絡ませて展開していきます。もっと知識を蓄えてから読んだら、きっと違う風景が見えてくるんだろうな、と自分の無学さを痛感して落ち込んでしまいました(涙)

引用になりますが、巻末の解説で、沼野充義氏は、

おそらく、ここで作者の意識にあるのは、文学が模倣され、伝統の中で受け継がれていくとはどういうことか、類似の中からどのように新しい独創性が生まれ得るのか、という問題ではないだろうか。(「『オブ・ザ・ベースボール』解説――空から人が降ってくる!」 より)

と解析されていて、なるほど、そう読めばいいのか、と少し納得しました。それならば、題名の意味もまんざら無関係ではなくなるので。

個人的な意見ですが、円城塔さんの作品が苦手だという人は(かくいう私もです)、間を置いて何年かおきに読んだ方がいいと思います。作者の博識に一度舌を巻いたとしても、数年後には追い付いていて、さらに何年すると追い越しているかもしれません。その時点でやっぱり苦手……と思ったら、本当に苦手なんだと納得して、次に行けばいいと思います。

【参考文献等】

つぎの岩につづく (ハヤカワ文庫SF)

 

R・A・ラファティ著

「つぎの岩につづく」

(ハヤカワ文庫)

 

ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で「非現実の王国で」

ジョン・M・マクレガー著

(作品社)

 

 

※ヘンリー・ダーガー自身は、生前、本は一冊も出版していません。彼の死後にたくさんの絵とテキストが見つかり、これをジョン・M・マクレガーがまとめて解析と共に出版したもの。値段が高いのは、書籍物というよりも画集に近いものだからでしょうか。