「市街戦」砂川文次(著)
(第121回文學界新人賞受賞作)
(『文學界』2016年5月号掲載)
人気のない九州の田舎道を、演習場に向かってひたすら行軍していく自衛隊員たち。幹部候補生であるKは、夢(過去の記憶の混ざり合ったもの)と現実の行軍の狭間で、疲労と孤独に耐えている。
現実である行軍中の描写が細かく臨場感に富んでいるのに、大学時代の記憶である東京に意識が飛ぶシーンの描きが物足りないという意見が強かったようです。夢と現実で意識が行き来する描写は良く描けていますが、こういうものには百戦錬磨の選考委員の方々には多少ありふれているという感があるのでしょうか。
まず、あまり評価の高くなかった川上未映子氏の意見から覗いてみましょう。
現在に通じる徴兵前夜の不穏さ、ある境界線を気分で超えてしまうことのできる気分を書くことに成功はしてはいるけれど、しかしわたしには体験に根ざしたであろう手記以上のものを見いだすことはできなかった。(『文學界』2016年5月号 選評より)
続いて、円城塔氏のご意見
自衛隊の実録ものとして読んで過不足ないが、強い動機もなく自衛隊に入ることになった主人公の回想シーンに移ると印象の弱さが目立つ。(上記同より)
もっともなご意見なのです。が、もしも作者の意図が、むしろ回想シーンの弱さにあるとしたらどうでしょうか?
この作品の主人公のような若者に限らず、今現代の日本人で、もっと明確にもっと強烈に、「戦争」という漠然とした恐ろしいものを受け止め切れている人間が何人いるのでしょうか? むしろ受け止め切れないがゆえに、淡く彷徨っているような心の群像があるのではないでしょうか。確かに不完全ではあるのかも知れませんが、作者はその辺りのうやむやでモヤモヤとした気分が書きたかったのではないか、と私にはそんな風に思えました。
最後に、本作を一番評価されている印象の、吉田修一氏の選評
東京の若者たちのデート風景と行軍が同列に語られるのだ。現代の「軍隊」と現代日本の(吉祥寺の)市民がこれほど同列で、かつ同じ額縁に入った世界として語られたものが他にあるのだろうか。(上記同より)
この一文が、本作品の作者の意図的なものを、一番表現してくれていると思いますので、解説は以上です。なお、ここには挙げませんが、綿矢りさんの選評もなかなか鋭くて興味深いと思いました。
個人的な読書感想としては、とても文章が上手く、引き込まれました。行軍中の描写はリアルなだけに少しだけ退屈だと思える部分もありましたが、おおむね興味深く読めました。現代日本にこういう作品を書ける若い作家が誕生したのだということは、驚きです。
なお、第121回文學界新人賞には、渡辺勝也さんの「人生のアルバム」が本作品と同時受賞されています。
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