さて、第2回「tori研」です。

前回に引き続き、文學界新人賞を研究します。

今回は 第117回 および 第118回です。

【第117回】

受賞作

「アフリカ鯰」(前田隆壱) 

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「息子の逸楽」(守島邦明)

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吉田修一奨励賞

「走る夜」(野上健)

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 この回は、前回の「受賞該当者なし」という悲惨な状況とは打って変わって、最終選考作品のレベルがどれも高く、受賞者二名の他に別枠として吉田修一奨励賞なる賞まで設けられるほどでした。選考委員からは喜びの声が聞かれましたが、我々応募する側からすればかなりな難関だったわけで、応募する回によっては、運・不運も左右されるということでしょう( ;∀;)

 

「アフリカ鯰」は、見知らぬアフリカの地で親友と冒険譚を繰り広けた主人公「私」の、回想録的な小説です。とにかくストーリーが面白くて、エンタメ的な要素も持っていて純文学系の新人賞では珍しいタイプの作品だと思います。選考委員の角田光代さんからは、”現代版『オン・ザ・ロードのよう』”と評され、ヘミングウェイの名前なども選評会では出たようです。文章力もかなり高い作品ですが、何よりも「小説そのものが面白い」ということが何よりも高評価を受けた理由ではないかと思います。

「息子の逸楽」は、深い相互依存の関係にある母と息子の物語で、ストーリーそのものだけだとありきたりな『現代版おば捨て物語』の感があるのですが、独特な雰囲気を醸す文章が高く評価されての受賞だったようです。

--息子の立場からの渾沌と渦巻く情動が全編を浸潤し、理知的な記述に絶えずひびを入れ、そこになまなましくまた生臭い不透明性を導入している。”(松浦寿輝氏)

”唯一、タイトルの付け方に二十一歳という若さが残るだけで、その老成した作品に唸らされた。”(吉田修一氏)

「走る夜」 吉田修一奨励賞を授与された当作品は、とにかく吉田修一氏の評価が高く、他の選考委員はそれほど推さなかったようです。押されなかったのは、たぶん随所に甘さが見え隠れする内容だったからだと思うのですが、それでも「可能性」を感じられる作品だったことは確かで、そこを吉田氏に認められたみたいです。

完璧な作品を書こうとするよりも、新人賞は大きく挑戦して、「可能性」を見だしてもらえるように頑張ってみる。それが何よりではないかと、この回の三作品を読んで感じました。どの作品も、完璧だとは評価されていません。それぞれ、「もったいない」や「ここはこうではないか」という部分はあるのです。けれど、どの作品も、それぞれの挑戦を果敢にやっていて、やはりそういう姿勢が選考委員の胸を打つのではないかと、そう思うんです。

 

【第118回】

「熊の結婚」(諸隈元) →読書感想はこちら

一般的な常識にとらわれない、世間とはだいぶ変わった一組の夫婦の話で、どこか第154回芥川賞を受賞した本谷有希子さんの 「異類婚姻譚」にも似ている気がします。言葉遊びにも近い軽い文体で、かなり長いスパンの夫婦の物語を描いていて、読み終わった後に抽象化された夫婦の輪郭だけが残る、そういう作品なんだと思いました。

①飄々とした味のある文章

②常識だと思っている枠組みを取り外すことでむしろ「夫婦」のあるいは「男」と「女」の、本質的なものを抽象化している

物語が途中から勝手に動き出している気配がある

何気なく書かれているようでも、この三本の矢がきちんとあるんですね。

もちろん、「熊」を題名にまで入れているのに「熊性」への追及が薄いとか、何か書いた後すぐ「否定」の文章を差し挟んだりする独自な文体自体に意味があるのかとか、問題点はあると思うのですが、上の中で特にが出来るということは、それを選考委員にきちんと認めて貰えているということは、実に大きなことなんです。

”――夫が失踪してからの時間の加速ぶりである。そこで小説は大きく動き、生きもののようにしなる。小説に生命を吹き込み動かした、その一点だけでも「熊の結婚」は受賞に値する。”(松浦理英子氏)

”たとえば「男」から責任感とプライド、「女」から体裁とときめき、を引いたならば、実はこの物語に描かれる一組の夫婦ができあがるのではないだろうか。”(吉田修一氏)

「物語りが生き物のように動き出す力」については、他の文学賞ですが、第39回すばる文学賞をとった「温泉妖精」(黒名ひろみ)の時にもよく言われていたことでした。物語が作者の意思とは関係なく動き出す、これはプロの作家でも実際難しいらしく、そういうことが出来たとき、選考委員の方々は高く評価されるようです。

 

……と、第二回目が終わりました。いかがなものでしょうか?

まだまだ研究は続きます。研究は果てしなく続きます。道のりは遠いかもしれませんが、今の時点で自分がつかんだもの、つかめそうなものを皆さんと共有していけたら、と思っています。

次回は近日中、第119回よりはじめたいと思います。(前回の記事はこちらからお読みいただけます)

 

※上記作品を研究するにあたって、選考委員の方々のご意見は『文學界』2013年12月号、及び2014年6月号の、文學界新人賞選評よりそれぞれ抜粋、一部参照という形をとらせて頂きました。

 

【第122回文學界新人賞について】

締切 2016年9月30日
(当日消印有効。Web応募は2016年8月1日より受付開始、9月30日24時締切)
枚数 400字詰原稿用紙70枚以上150枚以下
選考委員 円城塔、川上未映子、松浦理英子、吉田修一、綿矢りさ
特色など Web応募ができることで、印刷にかかる諸費用の節約が出来てとても助かります。年一度の募集になったのが残念です。