『アウア・エイジ(Our Age)  岡本学(著)  (『群像』2020年2月号に掲載)

大学時代、映写技師のアルバイトとして映画館で働いていた語り手(「私」)が、20年の時を経て、当時心を寄せていた女性(ミスミ)との思い出を辿っていくという物語。

映画館が主な舞台でありながら、語り手自身が映画に疎く、どちらかというとやや距離を置いているくらいなのも、作品の温度としてちょうど良かった。

物語のキーパーソンであるミスミは既に死んでいて、彼女の残した一枚の写真(ある塔を写したもの)と、そこに記されていた「ourage」の謎を解いていきます。

文体は正統派で、全体的にみてもものすごく正当的な小説的だという印象なのに、どこか小説とは違う、例えばまるで映画のような世界に連れて行ってくれる感覚がありました。読み終わったときには、本当に素晴らしい一本の映画を観終わったような感覚がしました。

それは、作品の舞台が映画館(と言っても、寂れたミニシアターなのでしょう)で、語り手自身が映写技師の仕事をしていて、登場する人物たちも映画館絡みがほとんどなので、というものあると思いますが、展開力の面白さ、つまりストーリー性や、人物造形の見事さというのもあったと思います。

特にミスミという女性の奇妙な人物造形は魅力的でした。が、なんと言っても直接的には一度も登場してこない、ミスミの母親の人物造形はさらに秀逸でした。ミスミの母親自身は、誰かの思い出や伝聞や文章の中にしかいないのですが、作品の展開とともに浮き上がってくる感じがとても良かった。

また何よりこの作品が切ないのは、はじまりからずっと語り手が追いかける謎を残したミスミ自身が、もうこの世に存在していないという現実です。

この虚しさを含めて、人間が存在することの意味に対する問いかけがあり、その一つのアンサーが、謎を解き明かした主人公に用意されていて、そこを読んだときにはジンワリと温かいものが胸に湧き上がりました。

この作品を読んで、岡本学さんは、素晴らしいストーリーテラーだな、と感じました。