『流卵』

吉村萬壱(著)

(『文藝』2019年秋号に掲載)

 

病室で死にかけている父親の「貧相な脹ら脛」に触れるところからはじまる、少年時代の回想。

中学二年生の少年の中にある変身願望や黒魔術への憧れ、同性の友達に対する尊敬と蔑みの入り混じった恋愛にも似た感情、母親との複雑な関係、母親よりも少し距離のある父親との関係、こうして並べると、描かれていることの全てがありきたりなようで、なに一つとしてありきたりなものなどないのです。

語り手である少年は、いかにもどこにでもいそうな平均的な少年だという気がします。

それは造形が定型だからとかいうつまらない理由からではなくて、何となく一度も会ったことなどないのだけれど、しかしそれでいて心の中にはずっと存在していたという気がしてしまう、ごく普通の少年(少年像)だからなのだと言いたいのです。

それは実に素晴らしく少年らしい少年として、しっくりくる「少年」です。

そして、そんな少年らしい少年の中に眠っている「変態性」ともいうべき「性」(もしくは「生」)の覚醒の瞬間やその変化の過程などが繊細に克明にとらえられていて、実に素晴らしい作品だったと思います。

これは美しい変態的な青春小説であり、家族の物語であり、愛の(性や血縁の境界をも超えた)話でもあり、一つの現代的なお伽話でもあったという気がします。冒頭からラストまで、大変面白く読ませていただきました。