『悪童日記』

アゴタ・クリストフ(著)

堀茂樹(訳) 

(早川書房)

 

第二次世界大戦下のオーストラリアとの国境線に近いハンガリーの田舎町(だと推定される)に、双子の男の子たちが母親に連れられてやってくるところから物語ははじまります。母親の母親(子供達の祖母)に、二人は預けられ育てられることになるのです。

母親は幼い息子二人だけを祖母の家に残して、「大きな町」へ帰って行きます。働き者なのにケチで不潔で口が悪く、しかも労働を要求する祖母との暮らしなのですが、しかし少年らは自ら進んで仕事をこなし、自分たちで自分たちの生活を切り開いていきます。

時に盗むこともし、さらに驚くべき罪深いことも繰り返しながら、戦時下の非情で不条理な世界を生き抜いて行くのです。

彼らは労働だけでなく、精神的・肉体的な訓練や、勉学も自分たちだけでこなすなどしますし、物事の本質を捉えようとする態度に徹していて、常に冷静に物事に対処するなど、とても子供とは思えない才能ぶりを発揮します。

本書は、そんな彼らが「作文」という形で書いたテクストそのものが物語になっている構造で、つまり「ぼくら」という人称を使った日記であり、双子のうちのどちらかが書いた(かあるいは二人で書いた)生活の記録のようなものです。

文章から一切の主観性を排除して、あくまでも客観的な事実だけを抜き出し、淡々と書かれています。少年たちが「作文」の修練をするという場面が実際に作中に描かれているのですが、そこで最も重要な文章の基準点に置いていているのが、この点です。

少年たちが日々見たもの、経験したものは、楽しいことよりもむしろ残酷だったり醜かったり不潔だったりするものが多く、しかしそこに彼かは彼らの感情を書き込むことはありません。感情は、行間の中にこそ封じ込められてあります。この行間にあるものを感じとるということが、この作品を読む一つの面白さでもあるのだと思います。

戦時下の飢えた殺伐とした世界に直面し生きる少年たちの視点は、ある基準から言えば悪なのかもしれませんが、純粋そのものです。

既存の道徳感や倫理感、宗教感、法律といったものでは捉えきれないこの世界の本質的なもの(善でも悪でもそもそもない)をあぶり出し、さらに大きく目を見開いて、その矛盾や歪みの細部まで覗き込もうとします。

その徹底ぶりは圧巻で、読者は作中何度も驚かされる箇所に出くわすことでしょう。

特にラストは衝撃です。絶対に次回作を読みたくなってしまう。