第161回芥川賞候補作品

『百の夜は跳ねて』

古市憲寿(著) 

(『新潮』2019年6月号に掲載)

 

社会学者でコメンテーターとしてテレビなどメディアで大活躍の古市憲寿さんは、昨年『平成くん、さようなら』でも芥川賞候補となりましたが、今回二度目のノミネートです。

『平成くん、さようなら』が小説家デビューだと言われていますが、実はその前にも一作品書かれていて(『彼は本当は優しい』)、何故かこの作品に関しては少し闇に葬られている感があるのですが、決して悪い作品ではありません。むしろ、彼の小説家としての資質を十分に表明出来た作品にもなっていると思います。

『平成くんーー』と合わせてこの二作品は、内容は大きく違いますが、主人公がどこか(『平成くんー』では語りは確かその恋人だったと記憶していますが)社会学者としての彼の人物像を大きく反映した造形になっていて、それにより、両作品とも全体が社会学者としての視点から見つめられている印象が強かったと思います。

ですが、今回の作品では主人公を生活者(労働者)に据えていることで、前二作品とは大きく違った境地を手にしている感があります。

これは私個人の感想ですが、小説が生きた人間の体温をちゃんと伝える手触りになっていて、一歩深く人間に踏み込んだという印象をもちました。

文体そのものにもかなり挑戦的な姿勢で臨んでいますし、彼の本来の持ち味である理路整然としたそつのない予定調和から脱していると思います。ここは大きく評価出来る点なのではないでしょうか。

内容に少しだけ触れると、大卒で窓拭きの清掃業務に従事している青年の視点で描かれています。

“窓”というのが、一つの面白いキーワードになっていて、一枚のガラスによって隔てられた「こちら」と「あちら」の世界(生と死、富裕層とそうでない者、見る者と見られる者、など)の対比として出現させる小道具として上手く使われていて、ヒッチコックの映画『裏窓』のような少しミステリアスな展開を期待させてしまう雰囲気すらあります。

全体を読み終えて思ったのは、”現代的でややシビアでシニカルな味付けのされたお伽話”という印象だったかな、ということです。老女と青年との交流の描写は、素直に面白く読みました。

ラストに少しだけ毒を期待していたのですが、私はこの作品を読んで、古市さんという人はテレビの印象とはたぶん違う人なんだろう(いい意味で)と思いました。

候補作品の中には、最近私が最も気になっている高山羽子さんの作品も入っているので、本作が受賞となるかどうかは分かりませんが、本作は古市さんのこれまで書かれた三作品の中で、何か手応えのあるものを作家として確実に掴むことが出来た作品なのではないかと思います。