第55回文藝賞受賞作品

『はんぷくするもの』

日上秀之(著)

(河出書房新社)

 

震災で家も店舗も無くした主人公が、仮設住宅に住みながら仮設のプレハブ店舗で、家業である商店を細々と続いている様子を描いた小説。

まだまだ復興の叶わない環境で、客も一日数人しか来ないのに、貯金を切り崩しながら病弱な母親を抱えて店を切り盛りする日常のままならなさや、そんな生活への不安と屈折した感情、そういったものが実にリアルに伝わってくる作品だったと思います。

店にやってくる客の中で、特に主人公が気にかけている常連の老女との交流や、ツケで商品を買い、なかなか代金を払わない男とのやりとりなど、普通なら既視感もあってつまらない挿話に陥りそうな細部が、実に丁寧に、そして生き生きと描かれていて面白いと感じました。

代金は払わないのに、なぜか電話だけは律儀にしてきて、必ず返すと繰り返す男の言動は、妙に不気味ですが、同時におかしくもあります。

また、作品の中で不吉なものを匂わせる、猫や石や、埃などといった象徴的アイテムの使い方が、使い古されている感じなのになぜか新鮮に読めたのも不思議でした。

これらが古典的な暗示として使われていたとしても、この作家にしか書けないという不穏さと滑稽さがあったように感じます。

それが、ある種の味わいとなり、どこか神話的な感覚と日常的な感覚の織り混ざった奇妙な精神世界の入り口に立たされている主人公の危うさを伝えていたようにも。

人間の生に付き纏う様々な「しがらみ」が、どうにも逃れられない形で主人公に絡みついているようで、実は主人公自らがそこへ絡め取られに行っているのではないかという印象もありました。

被災地で震災後を生きる主人公らの生活と、確実に彼らの生活を支えているにもかかわらず、どこかそんな彼らを置いてけぼりにしているかのような資本主義経済の実態との対比が、主人公の友人の言動や主人公自身の内面の葛藤という形で描かれていたのも、興味深い気がしました。