冥土めぐり (河出文庫)

第147回芥川賞受賞作品

『冥土めぐり』

鹿島田真希(著)

(河出書房新社)

 

 

脳に障害を抱える夫(太一)と、主人公である妻の奈津子が、一泊5千円の区の保養所に出かけて行くという物語です。

当該の保養所というのは、かつては高級リゾートホテルだった施設で、奈津子の子供時代にも家族と訪れた場所であり、さらに奈津子の母の実家が裕福だった時代には、母親もまた一家で訪れていた場所でした。

一度は栄えたものの、時代の流れと共に落ちぶれてしまったものの象徴のような場所なのです。

母親の父、つまり奈津子の祖父は店を経営していて羽振りも良かったのですが、一族は徐々に富を失くしていき、過去の栄光だけが残されます。

その過去の栄光の記憶から逃れられない奈津子の母親と弟は、働くことを放棄しながらも贅沢を止められず、借金を増やすばかりで、奈津子の僅かな稼ぎすらなんの躊躇いもなく酒や豪華な食事に注ぎ込んでしまうというありさまで、その異常さは奈津子の人生に重くのしかかってきます。

彼らは奈津子にとって、逃れ難い恐るべき亡者なのです。

小説の終盤で、奈津子はある境地に辿りつき、救われます。

それは一見すると、天性からの明るさと素直さを持った天真爛漫な夫のおかげのようですが、全ては彼女自身の「気づき」がきっかけだったように思います。

かつての栄光の象徴だったホテルを再来することで、奈津子は過去(母親と弟との悲惨な生活)と対峙し、それは冥界を彷徨うような体験なのですが、この旅の中で、彼女は自分が既に救われた存在であることにようやく「気づく」のです。

この気づきの周りには、奇跡のような夫の存在があるのですが、真の幸福というものが与えられるばかりではありえないのだということを、読み手のこちらにも気づかせてくれるようなラストで、宗教的な気配がしました。

文章、構成と素晴らしく、なによりも夫である太一という人物の人間像が魅力的で、印象に残りました。