すばる2018年9月号

『フェイクコメディ』

青来有一(著)

(『すばる』2018年9月号に掲載)

 

 

芥川賞作家で長崎在住の青来有一さんが、自身を一人称視点の人物として登場させ、彼が館長を務める長崎原爆資料館を舞台に描いた小説です。

なんと、原爆資料館にアメリカのトランプ大統領キッシンジャーなる人物がお忍びでやってくる、というとんでもない内容です。

もちろん、メタフィクションの構造をとった虚構の世界ですが、なんといっても舞台が舞台ですし、登場人物が登場人物なだけに、いくらフィクションでも「ここまで書いて大丈夫なのだろうか?」と、読みながら不安になってくるほどでした。

おそらく、作中の「わたし」なる人物と同じく定年を間近に控えた作者が、戦争や原爆について胸中にあるところを吐きだしたかったのだと思います。

本作に限らず、彼の小説を読んでいると、平和な日常が続いている我が国においても、戦争や原爆が決して過去のものではなく、常に私たちの生活の間近にあるのだということを認識させられます(恐ろしいことなのですが、私たちはただ無知であるか、鈍感になっていて、そのことをつい見過ごしてしまっているだけなのだと、そう囁かれている気がするのです)。

「フェイクコメディ」という題名に込められた意味も、実に不気味なリアリティを持っているように感じました。確かに、世界で起こっている、あるいはこれから起ころうとしている恐ろしいできごとの全てが、本当にコメディだったらいいのですが、そして世界中の人々が互いに肩を叩き合って大笑いしてやりすごしてしまえればいいのですが、けれど現実の厳しさはそのコメディをフェイクにしてしまう残酷なものです。

ただし、そういう世界の現実に焦点を当てながらも、本作には青来有一さんの持ち味ともいえる、ユーモアと優しさが溢れていて、決してきれいごとだけをいうわけではない人間味も含めて、どこかほっとさせられます。