『回転草』  大前粟生(著) 〔書肆侃侃房〕

 

福岡を拠点にしている書肆侃侃房という出版社をご存知でしょうか?

芥川賞候補になった今村夏子さんの『あひる』(第155回)や、宮内悠介さんの『ディレイ・エフェクト』(第158回)が掲載されたことでも知られる文学ムック『たべるのがおそい』を刊行している出版社です。

この『たべるのがおそい』という妙なネーミングの文学ムックには、上記の他にも藤野可織さんや円城塔さん、津村記久子さん、森見登美彦さん、小川洋子さん、星野智幸さん……などなど、名前を挙げれば数多くの現代日本文学を代表する気鋭の作家たちが作品を掲載していて、大注目です。

その『たべるのがおそい』に掲載されて話題になった作品の一つに、今回取り上げる大前粟生さんの『回転草』という短編があります。

元々は普通の人間だったのに、ある時から回転草(西部劇などでお馴染みの絡まった球体の枯れ草)へと変態を遂げ役者として生きている男、という風変わりな人物を主人公に展開される、可笑しみと哀しみが入り混じった内容です。

常識だと認識されている世界の掟を、主人公の存在そのものから既に裏切っていて、そこになんのためらいも注釈もないところにはある種の痛快さがあります。その突き抜けた設定から生まれてくる可笑しさの裏側には、複雑に絡まった悲しみや苦しみの感情が見え隠れしていて、読み手の想像力を刺激します。

本書籍には、この不可思議にも印象的な上記作品の他にも、GRANTA JAPAN with 早稲田文学公募プロジェクトで最優秀作に選ばれて作家デビューすることになった作品『彼女をバスタブにいれて燃やす』を含む10篇の短篇が所収されています。

個人的には、可笑しさよりも不気味さや不条理感の方が異彩を放って感じられた作品の数々でした。

特に印象深かったのは、母親を失い、父親が失踪して一人ぼっちになった少年の物語『生きものアレルギー』という作品。

人間の代用品として造られた最新鋭ロボットがすぐに壊れて(死んで)何度も何度も生まれ変わっていく設定と、グロテスク感溢れる生身の人間の肉体のままならない感覚との対比は、凄まじく不気味だと思いました。

個性的な作風なので好き嫌いは分かれるかとも思いますが、今後注目していきたい作家の一人であることは間違いありません。